名前を呼んで

斎千13

名前というものに、斎藤は特に思い入れはなかった。
必要とあらば改名もし、隊務で偽名を使うこともあった。
しかし今もし改名を命じられても、自分は頷くことが出来るだろうか?
一さん、と自分を呼ぶ声。
いつまでも聞いていたいと思うその声が愛しくて。
彼女の想いが宿る響きがこの上もなく幸せなのだと、そう知ってしまった今では――?

「一さん?」
小首を傾げ、見つめる千鶴に、視線を移す。

「何かお仕事先でありましたか?」
「いや、他愛のないことを考えていただけだ」
「他愛のないこと、ですか?」

それは? と問う瞳に、斎藤はどう話せば良いかと思案する。
千鶴が自分を呼ぶ声。
それがこんなにも愛しいのだと。

「千鶴」
「はい」
「名を、呼んでくれぬか?」
「名前、ですか?」
「ああ」
斎藤の唐突な願いに、しかし千鶴は微笑み叶える。

「一さん」
胸に響く柔らかな声。

「一さん」
心地良く響く、愛しい声。

「一さん。……大好きです」
「…………!」
思いがけない囁きに、気がつくと腕の中へと囲っていた。 お前の声が、俺の名を呼ぶ。
それがこんなにも嬉しくて―――愛しい。

「千鶴……」
「一さん」

互いの名前を呼び合って。
愛しさが溢れて胸を満たす。
ただ一人、お前が呼ぶ名はこんなにも甘く、心に響く。
何度でも、何度でも。
どうか名を呼んで欲しいと、そう強く思った。
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