永遠の常春

斎千12

「あれ?」

掃除をしていた千鶴は、斎藤が使っている文机に見慣れぬものを見つけ、手を止めた。
以前、見せてもらった錦絵が書かれた紙と似たそれに、勝手に見ていいものかと逡巡するが、どうしても気になってそっと手に取った。
そうして広げた瞬間、がらりと戸口の開く音が聞こえ、千鶴は慌てて斎藤を出迎えるために玄関へと駆けて行った。

「おかえりなさい、一さん。今日は早かったんですね」
「ああ。……! それは……っ」
斎藤の視線に、千鶴は先程の紙を持ったままだったことに気づき、慌てて頭を下げた。

「す、すみませんっ。掃除をしていたら目に止まって、つい……」
「――中を見たのか?」
「は、はい」
狼狽する斎藤に、千鶴は申し訳なさそうに紙を斎藤に差し出す。

「それ……『井吹さん』が描かれた絵ですよね?」
「あ、ああ」

問いに斎藤は彼らしくもなく視線をそらせ頷く。
勝手に見てしまった負い目を感じつつも、それでも聞かずにはいれず、千鶴はじっと彼を見つめたまま言葉を続けた。

「その絵の二人……もしかして一さんと私、ですか?」

錦絵に描かれていたのは、寄り添う男女。
慈しみの溢れた瞳で傍らの女を見つめる男は、彼女の良く知る人だった。
隠し立てするのは無理だと悟ったのか、斎藤は頬をうっすらと染めながらぽつりぽつりと説明を始めた。

「その絵はこの前見せたものと共に贈られたものだ」
一つは斎藤の羅刹姿を描いたもので、千鶴は共にその絵を見ながら、井吹という斎藤の友人の話を聞いた。
しかし実は絵はもう一つあったのだ。
それがこの、斎藤と千鶴が寄り添う絵だった。

「……井吹は会津の戦場で俺達の姿を見ていたのだろう」

視線を合わさない斎藤に、千鶴はどうして彼がこの絵を隠したかがわかり、くすりと微笑んだ。
絵の中の斎藤の瞳には、千鶴への愛おしさが溢れていたから。

「何故笑っている?」
「すみません。この絵も飾らないといけませんね。せっかく一さんのご友人が下さったものなのですから」
「い、いや、それは……っ」
「私は飾っていつでも見たいです」

笑顔で言い切られ、斎藤は困ったように嘆息し了承した。
そうしていそいそと千鶴が絵を飾る姿を見つめながら、井吹と交わした言葉を思い出した。

『堅物のお前が女を連れてる姿を見た時には驚いたが、幸せそうで安心したぜ。
これは俺からのささやかな餞別だ。 ――友の前途が限りなく幸多からんことを願う』

自分と同じく、口下手な彼がくれた言祝ぎ。
あの日別れた彼が己の天分を開花させ、こうして錦絵師となったことは、斎藤にとって何よりも嬉しいことだった。

「お前の才はやはり本物だったのだな……」
一人笑むと、千鶴が絵を抱えながら振り返る。

「一さん、何か仰いましたか?」
「いや」

緩やかに首を振ると、飾り場所に悩んでいる彼女の手から絵を受け取って、人目につきにくい奥の壁へと飾る。
決して豊かとは言えないが、穏やかで幸せに満ちた暮らし。
新選組以外に己の居場所はないと、そう思っていた斎藤に、離れても武士でいられることを教えてくれた千鶴――彼女と共に在ることが何よりの幸せだった。

「千鶴」

「はい?」

「お前のような人を嫁に貰えて良かった。本当に良かった。俺は、果報者だと思う……」

「……っ。私も……一さんとこうして夫婦になれて、すごく幸せです」

熱の孕んだ頬に、それでも想いをまっすぐに告げてくれる千鶴に、斎藤は柔らかく微笑みその身をそっと抱き寄せる。
視線の先にあるのは、在りし日の自分たちの姿。
あの日と変わらぬ――それ以上の想いを胸に、愛しい人の傍にいられる幸せを強く感じるのだった。
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