いつでも僕が驚かされる

沖千16

買い出しを済ませた千鶴は頭の中で必要なものを思い浮かべると、小さく頷き微笑む。
新選組を離れ、雪村の里で沖田と二人で暮らし始めた千鶴。
近隣の村からは少し離れていたが、こうして必要なものを買いに行くのに不便はなく、時々降りてきては買い出しをしていた。

「おい」
「……っ!?」

不躾な呼びかけに振り向いた千鶴の目の前には、身なりの荒れた見慣れぬ男達。
一見して不逞浪士とわかる風体に、千鶴の顔が強張る。

「……なんでしょう?」

「お前はこの村のものか? ちょうどいい、旅籠はどこだ」

「この村に旅籠屋はありません。もう少し歩いた先に宿場があったと思います」

「ではそこまで案内しろ」

ぐいっと腕を掴まれ、千鶴の手から籠と買った品々が落ちた。

「放してくださいっ!」

「お国のために働いている俺様達が案内しろと言っているんだ」

権力を笠に暴力を振るう……それは以前新選組と行動を共にしていた頃によく見た光景で、千鶴はきゅっと唇を噛むとまっすぐに相手を見遣った。

「このように弱いものを力づくで従わせることがお国のためなんですか?」

「……なんだと?」

つい言い返してしまい、ハッと我に返るが時すでに遅し。
顔を歪ませ怒りを浮かべる浪士に、千鶴はとっさに腰に手を伸ばした。
沖田と共に暮らすようになってから、千鶴は袴をやめ女物の着物を着るようになっていた。
長い習性でつい腰に手をかけてしまったが、そこに刀などあるはずもない。

「お、お許しください……その子は村外れに住む娘なのです」

「それならなおのこと都合が良い。どうだ? 俺が世話してやるぞ?」

下卑た笑みを浮かべ、値踏みするように下から舐めるように見る浪士に、止めに入った老人が戸惑いを浮かべる。

「私には夫がいます。お断りします」
「くっ……生意気な女め!」
きっぱり拒絶する千鶴に、不快をあらわにした浪士は腰の刀に手をかけた。

「きゃああああ!」
「千鶴ちゃんっ!」
周囲から悲鳴が上がる中、振り下ろされる刀。
が、その刃先は千鶴に届く前に地に落ちた。

「ぐあ……っ!」
「だ、誰だっ!?」
もがき苦しむ浪士に、仲間の男が辺りを見る。

「僕の可愛いお嫁さんに何をしてるのかなあ?」
「総司さん……!」
騒然とした場にそぐわないのんびりとした声音に、千鶴の顔に安堵が浮かんだ。

「全く……戻らないと思ったらこんなやつらに絡まれてるんだから、本当に君って運が悪いよね」

「それは……私のせいじゃないと思います」

「うん。君が可愛いから余計な虫が寄ってくるんだよね」

つ……と向けられた翡翠の瞳の色に、浪士たちはヒ……ッと喉の奥でうめく。

「僕の可愛い奥さんに手を出したんだ。君たち、覚悟はできてるよね?」

「く……っ、商人ごときが口答えするか!」
刀を抜いて切りかかる浪士を容易くよけると、手にした棒を振り下ろす。
瞬間、辺りに響いたのは骨が砕ける音。

「がはっ……ぁ……っ!」

「『商人』ごときにやられてるんだ? かっこ悪いよね」

「…………っ」

「まだだよ。千鶴に触れたんだ。その手を粉々にしなくちゃ」

「ま、待ってください!」

痛みに悶え苦しむ浪士を見下ろし、再び棒を振るおうとする沖田を千鶴が慌てて止めに入る。

「総司さん、もうやめてください!」
「どうして? 君だって嫌な思いさせられたでしょ?」
「私は大丈夫です。これ以上はやりすぎです」

しっかりとしがみついて放そうとしない千鶴に、沖田はため息をつくと手にした棒を地に放った。

「君たち、運が良かったね。千鶴が止めなきゃ二度とその手は使えなくなったのに」

「く……っ!」

酷薄な笑みを浮かべる沖田に、浪士たちは唇を噛みしめると逃げるようにその場を去る。

「ありがとうございます」
「あいつらに情けなんて必要ないと思うけど?」
「それでも……総司さんにこれ以上人を傷つけて欲しくないから」
千鶴の言葉に瞠目すると、ふっと苦笑を浮かべた。

 * *

「…………ッ」
「千鶴?」
並んで家路をたどっていた沖田は、突然顔をしかめた千鶴に足を止め覗きこんだ。

「どうしたの? どこか痛いの?」

「足が……さっき、くじいてしまったみたいです」

「本当だ。……少し腫れてる」

「でも大丈夫です。歩けますから」

眉間を歪める沖田に、千鶴は慌てて手を振ると立ち上がろうとした……が。

「総司さんっ!?」
「いいから大人しくしなよ」
有無を言わさず抱き上げた沖田に、千鶴は顔を染めながらおずおずとしがみつく。

「……本当に歩けますよ?」
「だめ。ひどくなったら困るでしょ?」
横抱きにされていることを恥ずかしがる千鶴に沖田は、つ……と視線を手にした籠へ移した。

「……どうして今日、一人でいきたがったの?」
「…………っ。そ、それは……」
「一緒に行ってれば足をくじくこともなかったよね?」
沖田の言葉に、千鶴が気まずそうに俯く。

「君が一人で出かけたかった理由は、その籠の中に隠してるもの?」
「!」
「君って本当に素直だよね」
隠しごとの出来ない千鶴の素直な性分に苦笑しながら、その答えを促す。

「で? 何を買ったの? もらったのかな?」

「………………」

「ふーん、隠すんだ? もしかして恋文だったりして」

「っ! そんなのじゃありません!」

「それなら何? 僕に教えられないようなもののわけ?」

苛立ちをあらわにした言葉に、千鶴は観念したように籠の中からあるものを取りだした。

「………綿?」

「最近寒くなってきたから、総司さんの半纏に綿を入れ直そうと思ったんです」

「まったく君は……」

あらぬ嫉妬をした自分が情けなくて、沖田は腕に抱いた千鶴に顔を傾け口づけを落とした。

「そ、総司さん……っ」

「僕に隠しごとをしたんだ。帰ったらわかってるよね?」

「……………っ」

秘められた意味を悟り、頬を染める千鶴に微笑んで。
二人の家へと歩いていく。

「そういえば総司さんはどうして村にいたんですか?」

「君を追ってきたにきまってるでしょ」

「ええっ?」

「途中、子どもたちに声をかけられて気を取られた隙に見失ったんだけど」

だから、千鶴が絡まれた瞬間に助けに入ることができなかったのだと、不貞腐れたように告げる。

「これからは必ず僕と出かけること。いいよね?」
「でも……」
「なに? また隠しごとしたいの?」
「そ、そうじゃありません!」

千鶴が素直に頷かない理由は、沖田の身を案じてのこと。
それを知りながら、けれどそんなふうに気遣われたくはなくて、わざと意地悪く責め立てる。

「君と一緒にいたいから……って言ったら聞き届けてくれる?」
「………はい」
「そ。よかった」

沖田の言葉に渋々ながら頷いた千鶴に微笑んで、家路へと歩いていく。
この幸福がいつまで続くかはわからないけれど、それでも共に在りたいと願うのは君だけだから。
だから―――。

「ねえ、千鶴。その綿、君の分もあるの?」

「いえ、私は……」

「なら僕が温めてあげる」

「……………っ」

「あれ? 今、えっちなこと想像したでしょ? 僕はただ、半纏の代わりに温めてあげるって言ったつもりだけど?」

「~~~~~総司さんは意地悪です」

真っ赤に染まった千鶴に微笑んで。
君を抱く理由を手に入れた。
Index Menu ←Back Next→