「総司さんって色街に行ったりしてたんですか?」
ぽかぽかと暖かい日差しに気持ち良く昼寝をした後の、千鶴のこの第一声に、総司はムッと眉をひそめた。
「……どうしてそんなこと知りたいわけ?」
「え? いえ、その、原田さんや永倉さんはよく島原とかに行かれてましたけど、総司さんはそういうとこ、見たことなかったなぁって思って」
今は懐かしい仲間達の名に、総司は千鶴がどうしてこのようなことを言い出したか思い至った。
「……君に妙な事を吹き込んだのは、あの子か」
先日、千鶴の友人であるお千が、この隠れ里を訪ねてきた。
その時にでも、何かふき込まれたのだろう。
「行ったことはあるよ。君も知ってるだろ?」
「あ、原田さんが制札を守って報奨金を頂いた時ですね」
制札を警護せよという命令を受け、やってきた土佐藩士を追い払い、見事制札を守り抜いた原田は、会津藩から受け取った報奨金で皆を島原へと連れて行ってくれたのだ。
「あの時以外にも、時々皆さんで出かけられたりしてたんですか?」
「まぁね。でも、どうして君はそんな事を知りたがるのかな?」
「そ、それは……」
話を核心に戻すと、千鶴が言いにくそうに言葉を濁す。
「なに? 僕が下手くそだとでも言いたいわけ?」
「そ、そんなことないです……っ!」
「じゃあ、なに?」
わざと意地悪く言うと、慌てた千鶴が観念したように口を開いた。
「……この前、お千ちゃんが遊びに来た時に、その色々聞かれて……」
『ねえ。千鶴ちゃん、沖田さんと契りを結んだのよね。彼って優しい? それとも意外に激しいのかな』
『おおおおおおおお、お千ちゃんっ!?
と、突然何を……っ』
『ん~? ああ、私、風間と契約を結んだじゃない?』
より濃い鬼の血を残すためにと、血筋正しい者同士利害を一致させて、お千と風間は婚姻を結んだ。
しかしそれは、鬼という種を存続させるためだけの、子をなす契約でしかなかった。
『もしかしてお千ちゃん、ひどいことされてるの!?』
貴重な女鬼故と、執拗に狙われていた時のことを思い出し心配すると、お千はひらひらと手を振った。
『違うわよ。それがね、驚くぐらい優しいのよ』
『そう、なの?』
『うん。私達の婚姻って、たんなる濃い鬼の血を引く子を残すためにじゃない?
だから、愛情の欠片もない状態になるんだろうなって思ってたの。なのにあいつ、意外と優しいのよ』
そう語るお千の顔は柔らかくて幸せそうで。
八瀬の姫ということで、意にそまぬ政略結婚をしたお千が幸せでいてくれることは、何よりも嬉しかった。
『あいつってどうも人間不信って言うか、昔から色々あったらしくて、そういう遊びはしなかったらしいのよね。
まあ、男としての甲斐性はどうなのかって感じだけど、私にはまあありがたいかな』
風間が色街で女遊びをするということがなかったらしいということに驚いていると、次いでお千がとんでもないことを言い出した。
『でも、新選組って男所帯だし、憂さ晴らしとか言って結構島原行ったりしてたじゃない?
だから、沖田さんも相当遊び慣れてるだろうから、千鶴ちゃん大丈夫かなってちょっと心配になったの』
『大丈夫って?』
『だから、明け方までずっととか、激しすぎるとか』
『ああああああ明け方まで!? ははははははははは激しすぎるっ!?』
激しく動揺する千鶴に、お千はきょとんと眼を丸くした。
『もしかして……沖田さんってそうでもないの?』
問いに答えるのは恥ずかしくて、千鶴は小さく頷いた。
『へえ~。意外に純なんだね、彼って。でも良かったよ。千鶴ちゃんにはやっぱり幸せになって欲しいから』
『私は……総司さんといられることが何より幸せだから』
そう微笑むと、お千は嬉しそうに笑ってくれた。
「……つまり、僕があまり経験ないらしいって、あの子に言っちゃってくれたわけなんだ」
「え? あの、私、そんなつもりじゃ……」
おろおろとうろたえる千鶴に、大仰にため息をついてみせる。
経験があるかないかというなら、ほとんどないに等しかったが、それを惚れた女にわざわざ伝えたいとは思わなかった。
そしてそれをどうこう他人に評されたくもなかった。
「じゃあ、君には僕が経験を稼ぐために頑張ってもらわなきゃね」
「えっ!?」
腕を引かれ、反転した視界に千鶴が大いに慌てる。
逃げる間もなく下りてきた唇に、千鶴は余計なことを口にした自分を悔いた。