いろはにほへと

土千24

たまたま用向きで島原に来ていた土方は、山崎の報告を受けて足早にとある一室に向かう。
襖を開けると肘掛けに力なく突っ伏していた女がのろりと顔を上げた。

「……またずいぶんと飲まされたな」

新選組の一員としてここ島原で千鶴が潜入捜査を行うようになって一週間あまり。
お千や君菊のフォローもあってか、拙いながらも千鶴はここで任につけていたのだが、どうも今宵は相手が悪かったらしく、酒を強要されて断れず、君菊や山崎がフォローに入った時にはすでに遅かった。
幸い不逞を働かれる前に救い出せたので大事には至らなかったが、見るからに悪酔いしている様子に深いため息をつくと傍らに座った。

「大丈夫か?」

「……土方さん? すみません……私……」

「謝る必要はねえ。たちの悪いのに当たっちまっただけだ」

土方の存在にゆるりと身体を起こすも、酔いが回って思い通りにならないらしく、傾いだ身体を支えてやる。

「今日はもう下がって休ませてもらえ」

「でも……」

「でももへちまもねえ。そんな状態で何ができるってんだ」

責任感の強い千鶴は何とか任を果たしたいと思うようだが、支えた身体から薫る酒の匂いに眉をしかめた。
土方自身、酒には弱く少量でも酔いやすいため、全く飲んだことのない千鶴にはどれだけ酷だったかと思うと、彼女自身の申し出だったとはいえ年端のいかない娘をこんな場所にいさせることへの罪悪感が胸をよぎる。

「ほら、水を飲んどけ。身体の中の酒を薄めねえとどうにもならねえからな」

「はい……」

コップを手渡すも手元さえおぼつかず、支えてやりながら水を飲ませる。
いくらか飲んでコップを傍らに置くと、濡れた口元と上気した頬に感じる色気にぞくりと肩を震わせる。
小娘だと思っていたが着飾った姿は十分見目麗しく、ましてや酔いに濡れた瞳は男を惑わすだけの魅力を備えていて、チッと舌打つと手荒く口元を袖で拭ってやる。

「土方さん……?」

「いいから寝てろ。すぐに動けねえんだろ?」

普段ならすぐさま身を起こすだろうに、こうして土方に身を預けたままの様にどれだけ酔っているかは明瞭で、逡巡するも結局自由の利かない千鶴は諦めたようで「すみません」と小さく詫びてそのまま凭れかかる。
白粉と酒と普段なら絶対彼女から薫ることのないそれらに感じる苛立ちと、それとは違う感情に蓋をすると、苦しげに歪む眉を撫でてやりながらすまねえなと小さく謝罪した。

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