咎の祈り

土千3

島田に抱えられて運ばれた土方の【童子切安綱】で切られた傷は、風間が言っていた通り羅刹の力をもってしてもふさがることがなく、しかし羅刹の身には人間の薬も効果なく、止血を施した後はただひたすらに傷が塞がるのを祈ることしかできなかった。

汚れた包帯を替え、時折痛みにうなされる彼の手を握り、額に浮かんだ汗を拭う。
意識が戻れば血を与えることも出来たがそれも叶わず、ただ横で見守ることしかできないことが歯がゆかった。

「土方さん、目を覚ましてください。皆があなたを必要としているんです」

大量に血を失い、青ざめた顔で眠る土方の顔がにじみ、ぽつりとあたたかな雫がこぼれ落ちる。
代償である吸血衝動の苦しさを知っているのに、今は藁にもすがる思いで羅刹の驚異的な回復力を望んでしまう。
鬼殺しの刀で深手を負った土方を見た時には、もう立たないでと叫びそうになったのに、また彼に立ち上がって新選組を率いてほしいと願う身勝手さ。
ふと、懐かしい声が思い出された。

『俺は、それも酷じゃないかと思うんだよ』

大丈夫、土方さんが何とかしてくれる――そう流山で励ましの言葉を口にした千鶴に、寂しそうに笑った近藤。
その意味を問うことは出来なかったが、もしも彼に頼り続けることを指していたのなら、千鶴の言葉は土方を追い詰めるものでしかなかった。
けれどもと、記憶の中の優しい声音に謝ると、涙で滲んだ視界で土方を見る。

「私は……土方さんに生きて欲しいんです」

土方が近藤を大切に思っていたように、近藤もまた土方を大切に思っていたからこその思い。
それでも千鶴は、土方に生きて走り続けてほしいと願ってしまう。
自分勝手で、近藤の思いとは比べようもない私欲。
大切で、だからこそ酷だと気遣う思いと、大切だから生きて欲しいと願う思い。
それでもきっと、どんなに重く辛くても自ら下ろし、楽になる道を土方は選ばないだろうとわかるから。

「ごめんなさい、近藤さん……」

身を削るような宇都宮での戦いを見てなお、彼が生きることを願う罪深さを知りながら、千鶴は土方の回復を祈る。
胸、両肩と切られた傷は深く、失われた血も多く、追われる身では医者の治療も受けられない絶望的な状況。
父や山崎の傍で治療する様を見ていたとはいえ、あくまで千鶴に出来るのは簡易な手当てぐらいで、深手を負った土方を前に祈る事しかできなかった。

自分の血で回復するならいくらでも捧げられる。
たとえこの身が失われても、彼が生きるなら代わりに命を差し出しても構わないから。

「だからどうか土方さん、目を覚ましてください……ッ」

意識が戻らなければ身体は衰弱してしまう。
彼の命を繋ぎ止める供血もかなわない。
こぼれ落ちる涙に俯くと、視界の隅でかすかに指先が動いた。

「…………ッ」
「土方さん!」
「……ち……づる……か……」
「はい! 土方さん……ッ」
まだ意識がはっきりしないのか、虚ろに見つめる土方に頷くと涙腺が壊れたように涙が溢れて、次々に布団に染みを作る。

「……んじゃ……ね……」
「……なん、ですか?」
途切れ途切れの言葉を聞こうと身を乗り出すとしかめ面をされて、指先にもどかし気に力が入る。

「……っそたれ……動きやしねえ……」
苦し気な土方の様子に千鶴は小太刀で自らの手首を傷つけると、彼の口元に傷口をつける。

「土方さん、飲んでください」
「……おま……え……ッ」
「お願いします。土方さんが元気になるのを島田さんも大鳥さんも待っています」
仲間の名を口にすると、土方が眉をしかめる。
促すように見つめると、したたる血を舌がすくう。

「……馬鹿が……また自分を傷つけやがって」
「私が土方さんのお役に立てるのなら構いません」
傷から口を離すと、千鶴の反応に忌々しげに舌打つ。
千鶴から血をもらうことに土方は罪悪感を感じるようだったが、彼女にとってはそれは自分にしかできないことで誇らしくさえあった。
自分の血が彼を支え、癒せるのだから。

「もう少し眠ってください。傷に障ります」
千鶴から戦況を少し聞き取ると、気力が尽きたように再び目を閉じた土方。
眠る前に包帯を替えた際に傷が塞がり始めたのを見て、心の底から安心した。

(私の血ならいくらでも捧げます。だからお願い……生きてください)
眠る土方を見つめる千鶴の頬を、一滴涙がこぼれ落ちた。

20180828【リクエスト:宇都宮の大怪我で土方の意識が回復するまでの千鶴の心境】
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