未来予想図

土千22

カサ……ッ。
耳に届いた紙をめくる音に、眠りの底から意識を浮上させた千鶴がまだ半分寝ぼけた状態で目を開けると、そこにある光景に一瞬にして覚醒する。

「ん? 起きたのか」

紙の束から視線をこちらに向けた土方に、しかし返事を出来ずに固まってしまう。
肌けたシャツに、濡れた髪から落ちる水滴。
シャワーを浴びたのだと理解はできたが、如何せん朝から刺激が強すぎて、千鶴は急激に頬が赤らむのを感じて慌てて目をそらせた。

「お、おはようございます」
「どうした? ……顔が赤いな。まさか熱があるんじゃないだろうな」
「違います!大丈夫ですから!」

だから近づかないでくださいと内心で叫びながら、眼前に迫ってきた胸板に千鶴は目を伏せるも、土方は聞かず前髪をあげられ額に掌が置かれた。

「熱はねえな」
「だから、何でもありませんから! あの、私も身支度を整えますね」

状況に耐えきれずに、言い訳をしてその場を逃げ出そうとすると腕が伸ばされ、ぐっと抱き寄せられてしまう。

「……もしかして照れてるのか?」
「…………!」
「昨日じっくり見ただろうが」
「き、昨日と状況が違うと思います。それよりも髪をちゃんと拭かないと風邪をひきますよ」

土方の指摘にいっそう顔を赤らめると、千鶴は動揺を振り払うように気になっていたことを口にする。

「ああ、確認作業を優先したからな。まあ、このぐらいで病をもらう程やわじゃねえよ」
「ダメです。タオルはどこですか?」

すっかり普段のしっかり者の顔に戻った千鶴は、腕をすり抜け洗面所に向かうと、タオルお借りしますねと洗濯済みの物を手に土方の元へと戻ってきた。
そうして腕を伸ばすと、土方の髪をやんわりと拭っていく。

「わかったわかった。自分でやる」
「ちゃんと拭ってくださいね」
「ああ」

優先するべきことがあると他をおざなりにする所のある土方の性格を知っている千鶴は、彼がいい加減に済まさないか見張っていると、彼の唇に苦笑が浮かぶ。

「俺を尻に敷けるのなんざお前ぐらいだな」
「尻になんか……っ、ひ、土方さんがちゃんと髪を拭わないから……」
「ああ、わかった。悪かった」

頬を赤らめると、これ以上の苦言はいらないとがしがしタオルで拭いながら寝室を出ていった土方に、千鶴はたたんでいた服に着替えて改めて部屋を見渡した。

恋人になって初めて訪れた土方の部屋。
昨日招待された千鶴は、立ち入ることを許された事実に感慨深い思いを抱いていると、抱き寄せられて交わった熱い眼差しに鼓動は跳ねあがった。
そうして一線を越えた昨夜のことを思い出し顔を上気させると扉が再度開いて、ボタンをきっちりととめた土方が顔を覗かせた。

「朝飯はパンでも構わねえな?」
「あ、私がやります。キッチンをお借りしてもいいですか?」
「お前は客だろ。俺がもてなす方だろうが……といいたいとこだが、料理の腕は誇れたもんじゃなくてな。頼めるか?」
「はい!」

料理に関してはあまり得意ではないらしい土方の言葉に、顔をほころばせると彼の横をすり抜けキッチンに立つ。
冷蔵庫の中の食材を見てメニューを決めると、手際よく調理する千鶴に、傍らでその様子を見守っていた土方は感心して彼女を見る。

「手際がいいな。普段家でもやっているのか?」
「はい。薫も手伝ってくれますが、大体は私が作ります」

母は早くに亡くなり、父も仕事で不在がちなため、双子の兄である薫と二人で暮らしている状態の千鶴は、一通りの家事は身に着けていた。

「お前はいい嫁になるな」
「……!」
「皿は何を用意すればいい? 独り身だったから揃いの物はないが構わねえな」
「は、はい」

必要な食器を告げると、棚から取り出していく土方に、遠くない未来に彼と過ごす姿が浮かんで、照れくささと嬉しさを抱きながら千鶴は調理を進めていった。

2017/01/14
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