優しく涙を拭う指も。
愛しげに私を映す紫暗の瞳も。
その心を映しだす綺麗な顔も。
あなたのすべてが、愛しい。
洗濯物を取り込んだ千鶴は、お日様のかおりにふわりと微笑んだ。
「暖かい……」
柔らかな春の陽ざしをたっぷりと受けたほのかな温もり。
それは今の満ち足りた日々のようで、自然と口元がほころんだ。
終戦から二年の時が過ぎ、千鶴はここ蝦夷地で二度目の春を迎えていた。
他の人々との接触を避け、ひっそりと過ごす毎日。
しかし、愛しい人と共に在れることは何よりも幸せだった。
家族やかつての仲間達に、土方が生きていることを伝えたいと思わなくもないが、それは望んではいけない願い。
だから、彼らの分まで傍にいようと千鶴は誓っていた。
一つ一つ洗濯物を丁寧にたたんでいた手が不意に止まる。
手にしたのは土方の衣。
千鶴よりも一回り大きいそれを抱き寄せると、ぬくもりにまるで彼に包みこまれているような錯覚を覚えた。
「―――そんなに寂しかったのか?」
「え?」
不意の声に振り返ると、そこには今思い描いていた愛しい夫の姿。
「歳三さん! すみません、お出迎えもしなく……」
慌てて立ち上がると、言い終える前に伸びた腕が千鶴の身体を抱き寄せた。
「着物じゃなく俺を抱け」
「っ……!」
耳元での囁きに、頬が熱くなる。
背中越しのぬくもりが照れくさくて、赤らんだ顔を隠すように俯いた。
と、とんとお腹を蹴る感触。
「……今、動いたか?」
「はい」
驚いたように目を瞠る土方に、向き直って微笑む。
お腹に宿った新しい命。
それは、二人の絆の結晶だった。
確かめるように優しく掌を当てると、再びとんと赤子が蹴る。
その確かな反応に、土方は愛しげに眼を細めた。
「元気なやつだ」
「そうですね」
穏やかな微笑みを浮かべる土方は本当に幸せそうで、千鶴の瞳に涙が浮かんだ。
幸せで。
本当に幸せで。
「……お前は本当によく泣くな」
苦笑しながら優しく拭ってくれる指に心が安らぐ。
「歳三さんは男と女、どちらがいいですか?」
「そうだな……お前によく似た女、だと悪い虫が寄ってきそうだからな。男だな」
「男の子ならきっと、歳三さんに似て頭の良い強い子になりますね」
「頭がいいかはわからねえが、強い男にはなってもらわなねえとな」
「歳三さん?」
「お前を――母を守れるぐらい強いやつに」
その瞳に宿る切なる想いを感じ取って、再び涙が溢れ出る。
人はささやかな幸せだと思うかもしれない。
けれど、頬を撫でる無骨な指や、労わり抱き寄せる暖かな腕。
何よりあなたが今、傍にいることがこんなにも幸せだから。
「歳三さん。私、幸せです」
そう微笑むと、薄い唇が笑みをかたどる。
優しく涙を拭う指も。
愛しげに私を映す紫暗の瞳も。
その心を映しだす綺麗な顔も。
―― あなたのすべてが愛しい ――