繋がる生命

土千19

「……うっ……?」

突然こみ上げてきた吐き気に、慌ててしゃがみこむ。
料理の匂いが胃の中を掻き乱し、どうしようもなく気持ち悪くて、慌てて台所から飛び出した。

「はぁ……はぁ……っ」
全てを吐き出し、ようやく収まった吐き気に、前傾していた身を起こす。

「これって、まさか……」
頭にあることがよぎった瞬間、千鶴の上に影が差した。

「どうした? ……顔が真っ青じゃねぇか」
「歳三……さん……」
「吐いたのか? 他にどこか悪いとこはねぇか?」
心配して眉をしかめる土方に、ふるふると頭を振った。

「大丈夫、です」
「どこが大丈夫だ。そんな青白い面しやがって……」
険しくなった顔に、しかし千鶴はお腹に手をやった。

「子ども……」
「あぁ?」
「子どもが出来たんだと思います」

少し前に感じた違和感。
どこか熱っぽかった身体。
そしてこの吐き気。
それは知識として知っていた、妊娠した女性の特徴だった。
もしかしたら……そんな思いは抱いていた。
けれどもすぐには確信が持てず、今までずっと黙っていた。
戸惑いと喜び、そんな不思議な感情を抱きながら顔を上げると、土方は千鶴を見下ろしたまま固まっていた。
それは今まで見たことのない、本当に驚いた彼の表情。

「歳三さん?」
声をかけると、ようやく我に返った土方はまじまじと千鶴を見つめた。

「本当か?」
「はい。たぶん、間違いないと思います」

医者の娘として多少の知識は持っていたから、自分の体調と重ね合わせて断言する。
けれど千鶴の言葉を聞いた土方は、眉間に皺を寄せると、再び黙り込んでしまった。
そんな彼の態度に、千鶴の中に不安が芽生える。

「もしかして子どもがお嫌いですか?」

望まれていない子を宿したのかと、胸につきんと痛みが走る。
けれど土方は表情を和らげると、いや……と低く否定した。

「嫌いじゃねぇよ。驚いただけだ。だから、そんな顔するな」

労わるように抱き寄せる腕。
それでも土方の顔はやはり嬉しそうには見えなくて、千鶴は複雑な想いに眉を歪めた。
土方の子どもが、この身にいる。
それはくすぐったくなるような幸せで。
二人を繋ぐ確かな絆が、とても嬉しかった。

「嬉しくないわけじゃねぇんだよ。……ただ、
ちょっと考えちまっただけだ」
「何をですか?」
「……お前に俺の子を残しちまっていいのか……ってな」
土方の言葉に、千鶴は彼を見上げた。

「お前との暮らしを永久に続けていたいと思う。――だが、いずれ俺はお前を遺して逝くだろう」

そんな俺の子を、お前は生んでもいいのか――?
そう問う、切なく揺らぐ瞳に、にじむ視界でしっかりと彼を見つめ返した。

「私は後悔なんてしません。歳三さんに愛され、子を宿したことは、私にとって何よりの幸せだから」

変若水を飲んで羅刹となった土方の生命は削られ、いつ尽きてしまうともしれなかった。
けれども、それでも最後の瞬間まで傍にいたい。
彼の傍で、最後の瞬間を幸福に迎えたい――そう思っていたから。
そんな千鶴に、土方はふっと目を和らげると、観念したように笑った。

「……ったく。江戸の女にゃ敵わねぇな」
そう言って、千鶴を抱きしめる。

「育ててくれるか? ……俺の子を」
「はい……っ」

涙を溢れさせながら頷くと、瞼に接吻が降りてくる。
土方さんと私と、そしてこの子。
3人で過ごす日々はどれだけ幸せだろう。
遠くない未来に想いを馳せ、胸が熱くなる。
いつか時が2人を別ったとしても、それでも確かにあなたはここに、私の傍にいたのだと、今この瞬間が胸に焼きついているから。
ねえ? 元気に早く生まれてきて。
あなたを一日でも多く、この人に抱かせてあげたいから。

「……お前はすぐ泣くから。尚更、置いて行けない気がするんだよ。――俺は生きていたいから足掻き続ける。だから――ずっと俺の傍にいろ」

抱き寄せる腕の中で、頷き身を預ける。
永遠を望んでも、それは叶わない願いだと知っているけど。
それでも。最後の最後まで、彼と共に足掻きたいと思う。
どうかお願い。
来年も、さ来年も、出来ることなら永遠に、幸せな記憶の数を増やせますように……。
私たちが、決して……。
別たれることなど、ありませんように……。
そう、彼の腕で願った。
Index Menu ←Back Next→