傍らにあるぬくもり

土千17

「どうした?」
ふるりと震えた身体に隣りを見ると、千鶴が恥ずかしそうに布団から顔を出す。

「そろそろ温石を用意しないとだめですね。歳三さんは寒くありませんか?」

二人が住む場所は蝦夷地でも比較的温暖なところではあったが、それでも冬の底冷えする寒さは身体の芯まで凍えさせる。
床に就く前に片付けをしていた千鶴の身体は冷たく、囲炉裏で温まってから寝るべきだったと後悔した。

「ほら」
「え?」
「寒いんだろ。こっちにこい」
「で、でも……」
「今更恥ずかしがるような仲じゃねえだろうが。いいから来い」

逡巡するも、布団をめくっていては土方の身体も冷えてしまうと、おずおずと自分の布団を出て身を寄せた。

「……暖かいですね」
「そうだな。人肌に勝るもんはねえからな」

腕を伸ばし包み込むと、幸せそうに微笑む千鶴に土方も頬を緩めた。
蝦夷地に渡って二度目の冬。
大鳥が用意してくれたこの家で、質素ながらも二人寄り添い暮らす日々は幸せだった。

「……千鶴? おいおい、まさか本気で暖をとるだけのつもりかよ」

静かに聞こえる寝息に腕の中を覗くと、安心して眠る千鶴。
その姿に苦笑しながら、そっと額に降りかかる髪を払う。
新選組を作り上げたものとして、最後まで見届け散る覚悟をしていた土方を繋ぎ止めたもの――それは千鶴という存在。
戦は終わったとはいえ、戦死したことになっている土方の存在が新政府に知れ渡れば、土方のみならず共に暮らす千鶴にも危険が及ぶ。
ゆえに人里を離れ、ひっそりと二人で隠れるように暮らしていた。
他者との接触を避けるこの暮らしに寂しい思いもしているだろう。
それでも千鶴はいつも笑顔を向けてくれていた。
土方の傍にいられることが幸せなのだと、迷うことなく伝えてくれた。
だからこそ。

「残りの時間すべてをお前にやるよ」

今までは千鶴を一番にすることはできなかった。
けれど『亡霊』となった今なら、ただ千鶴だけを愛し守ることができるのだ。

「千鶴……」

腕の中のぬくもり。
その存在がどれほどの幸せを与えてくれているか。
器量も良く、料理や掃除など家事全般も並以上。
千鶴ほど上等な女ならば、いくらでも良い男に嫁げただろうに、それでも彼女は土方を選んだ。
迷わなかったわけじゃない。
何度も手放そうとした。
それでも縋りつき、傍にいたのは千鶴だった。
だから、もう放さない。
一生傍にと決めたのだから。

「人には休めと言いながら、てめえは休みやがらねえ……」

土方の身体を気遣ってか、千鶴が何かを頼むことはない。
家事のすべてを担い、一人忙しなく動き回り、結果こうして疲労をためているのだ……すぐに眠りに落ちるほどに。

「何か策を練らねえとな」

ただ休めと言っても聞く女ではない。 それは小姓として傍にいた頃から重々承知していた。
どうやって千鶴を休ませるかを考える土方の顔は、『鬼の副長』と恐れられていた者とは思えぬほど穏やかで、優しくいたわりに満ちていた。
変わったと、新撰組の一員だった島田や大鳥に言われたが、もし土方が変わったというのならば、それは間違いなく千鶴の存在故だった。
明日の手立てを講じると、千鶴が寒くないようにと抱き寄せ、ぬくもりを分け与えながら目を閉じる。
雪に包まれ、囲炉裏の薪がはぜる音だけが耳に届く。
その中で確かな存在を感じながら、土方も眠りについた。
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