ただあなたに願うのは

土千12

「千鶴? 何見てんだ?」
土方の呼びかけに振り返ると、千鶴はそっと指差した。

「あそこの笹飾りを見ていたんです。そろそろ七夕なんですね」
「そんな頃か……」

目を細め、飾りを見つめる土方。
七夕は故人をお迎えするための精霊棚をこしらえる日。
彼の脳裏にはきっと、かつての仲間たちの姿がよぎっているのだろう。

「うちにも飾るか」
「え?」
土方の言葉に、千鶴が瞳を瞬く。

「あいつらも賑やかな方が喜ぶだろうしな」
「……そうですね」

表立って弔うことは出来ぬゆえに、笹飾りは代わりになる。
それに、あの人たちは賑やかなことが大好きだったから。

「お酒も用意しないといけませんね」
「そうだな。あいつらには酒は欠かせないだろう」
笑いあうと、普段寄ることの少ない酒屋へと足を伸ばした。

* *

精霊棚に酒を供えて、玄関に提灯を下げ。
帰りがけに竹林で取ってきた笹は庭先へ運び、
一つ一つ飾りつけていると、五色の紙が差し出された。

「ほら」
「え? ……短冊、ですか?」
「せっかくの七夕だ」

七夕は故人を弔う他に、一年に一度天に願をかける。
本来は習字や裁縫の上達を願うものだったが、いつしか思い思いに願いをかけるものへと変わっていた。
けれども、千鶴は土方から渡された短冊を手に悩んでいた。
千鶴の願い。
それは望めないものだった。

「書いたか?」
「……はい。土方さんは?」
「先に飾った」
促され、視線を移すと、風に揺れる短冊に言葉を失う。
書かれていたのは【先より、今を見ろ】。

「土方さん…」
永遠を約する言葉は口に出来ない。
それでも、いずれ訪れる別れを嘆くよりも今を。
土方の想いを感じ取って、千鶴の瞳に涙が浮かぶ。

「……お前はすぐに泣くな」

苦笑しながら抱き寄せる腕に、千鶴は小さくすみませんと呟く。
千鶴が短冊に書いたのは【ふさわしくありますように】。
近藤から、沖田から、山南から……多くの人から託された大切な彼の隣りに立つにふさわしい者でありたい。
それは常に千鶴が望んでいることだった。

千鶴の手から短冊を受け取ると、その文面に苦笑しながら笹につるす。
夜空に浮かぶ笹飾り。
大切な想いを短冊に寄せて、天へと祈る。
愛しい想い。 託された想い。
二人は肩を寄せ合い見つめる。

ただ、あなたに願うのは。
【先より、今を見ろ】
【ふさわしくありますように】
Index Menu ←Back Next→