鴛鴦の契り

土千11

それは二人で近くの集落に出かけた時のこと。

「まいどあり! 旦那も綺麗な顔してるが、奥さんも美人だねえ」
「え……? いいえ、私は……」
おじさんの言葉に驚き、慌てて否定しようとした私を遮る声。

「ああ。俺にはもったいないぐらいだ」
さも当然のように返された肯定。
相手の軽口に合わせただけなのだと、そう思っても鼓動の高鳴りは収まらず。
『奥さん』と言う言葉が、深く胸に染み入った。

* *

「土方さん!?」
家の裏手で薪を割る土方の姿に、千鶴は血相を変えて駆け寄った。

「そろそろ少なくなってきてただろう?」
「それでしたら私が……」
「こういうのは男の仕事だろうが」
「ですが……」
渋る千鶴に、土方がため息をつく。

「寝てばっかりいると身体がなまっちまうんだよ」

「……でしたら少しだけ。でも、決して無理はなさらないでくださいね」

引きつつも釘をさすことは忘れず。
不安げに去っていった背中に、土方は苦笑を浮かべた。
あの戦の後、深手を追った土方はしばらく寝たきりの状態だった。
瀕死だったといってもいい。
意識が戻った後も変若水の効果を使い切ってしまったのか、傷が癒えるまでにはずいぶん時間を要した。
その間、千鶴は一人で土方の看病や家事をし、支えてくれていた。

額に浮かんだ汗を拭い、空を仰ぐ。
見上げた先には、青々と葉を茂らせた木々。
ここ蝦夷地の夏は京に比べてカラッとしていて過ごしやすく、まだ体力が戻りきらない土方の身体には好都合だった。

「土方さん。お茶を入れましたので、少し休みませんか?」
タイミングよく現れた千鶴に、おうと応じて鉈を置く。

「お疲れ様でした」
「たいしたことじゃねえよ」
手ぬぐいを受け取り手を拭くと、湯呑を傾けた。

「お前の茶はうまいな」
「ありがとうございます」

長く小姓として傍にいたからか、土方の好みに合わせ入れられた茶に笑みが浮かぶ。
狂った『新撰組』隊士を粛清する場面に、偶然遭遇してしまった千鶴。
目撃者をそのまま野放しにするわけにもいかず、屯所に連れ帰ったのが、千鶴が新選組に関わるきっかけだった。

「……まさかこうしてずっと連れ添うようになるとはな」
ふとこぼれた呟きに、びくんと揺れる肩。
戸惑う表情に、土方は苦笑しながら千鶴を見つめた。

「そんな不安そうな顔してんじゃねえよ。お前といるのが嫌だって言ってんじゃねえ。……逆だ」

「……え?」

「お前ぐらい器量がよけりゃ、いい男を見つけていくらでも平穏な幸せを得られただろう」

「私は土方さんの傍にいます」

遮るように重なる声に、いつかの光景が思い出され苦笑する。

「放さねえよ。――お前みたいな最高の女を娶れる幸福な男だと思っただけだ」
「え……?」
呆然と見上げる千鶴を、まっすぐに見つめる。

「俺と夫婦になってくれねえか」

一つ屋根の下で共に暮らしながら、明確にはしていなかった関係。
新選組に属していた頃と同じように、千鶴は土方の傍にいたが、二人の関係はあの頃と変わってはいなかった――表面上は。

「俺はもう新選組局長じゃねえ。だから小姓じゃなく……俺の妻になってくれねえか」
「土方……さ……」

見開かれた瞳からぽろり、と一滴零れ落ちた瞬間、千鶴は土方の胸にすがりついた。
諾の返事は、溢れた嗚咽にかき消える。
嬉しくて、嬉しくて。
止まらぬ涙に、しかし土方は優しく拭い続ける。

「なあ、千鶴」
「はい」
「夫婦ってのは、苦楽を共にするもんじゃねえのか?」
問いの意がわからず、答えを求め見上げた千鶴に柔らかく微笑む。

「一人で抱え込むな。それとも俺じゃ頼りにならねえっていうのか?」

「そんなこと、ありません」

「だったら頼れ。てめえ一人で頑張るんじゃねえよ。……ったく、俺には休めっていうくせに、てめえは休みやがらねえんだからな」

ため息交じりの言葉は、千鶴への労わりが溢れていて。
震える声で、はいすみませんと返す。

共にいられるだけで十分幸せだった。
けれど、夫婦にと土方が望んでくれたことが嬉しくて、嬉しくて。
涙が次々と溢れ出る。

「……傍にいてくれ」
耳元の囁きに、千鶴は涙をこぼしながら頷いた。
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