縁側に腰掛け、土方は変わりゆく景色を眺めていた。
葉が紅く染まり、ここ蝦夷の地にも秋が訪れようとしていた。
「どうぞ」
「おう」
隣りに腰かけた千鶴に、土方は礼を述べ湯呑を手に取ると、ごくりと茶を飲んだ。
「お前は本当に茶を入れるのがうまいな」
冬は熱めに、春夏は呑みやすい温度にと、気配りされた茶を評すると、千鶴は嬉しそうに頬を染めた。
「土方さんにそう言ってもらえると嬉しいです」
「千鶴。その土方さん、ってやめにしねえか」
「え?」
言葉の意がわからず、瞳を瞬く千鶴に、土方はずっと胸にわだかまっていたことを口にした。
「俺とお前は夫婦になった。だったらお前も『土方』だろうが」
「そ、それはそう、です、けど」
「それとも何か? そう思ってたのは俺だけか?」
「そんなわけないじゃないですかっ」
だったら、と千鶴の肩を抱き寄せ耳元で囁く。
「名前で呼んでみろ」
「そ、そんな……」
「なんだ? 俺の名はそんなに呼びにくいのか?」
「だ、だって、ずっと土方さんって呼んでたから……」
突然の事態に処理が追いつかず、一人ぐるぐると思考の迷路に捕らわれる千鶴に、土方はふうとため息をつくと真剣にその瞳を見つめた。
「……呼んでくれ。お前の声で俺の名を」
「土方さん?」
「俺を名で呼ぶやつはもうお前しかいねえからな」
土方の言葉に千鶴が息をのむ。
彼を名前で呼んでいたのは、今はいない近藤と井上。
そして江戸にいる家族。
しかし最後の戦いで死んだことになっている今、彼らと会うことはもう適わなかった。
「歳三……さん」
「おう」
万感の思いを込めた呼びかけに、土方は柔らかく微笑み応える。
溢れる涙を堪え切れずに俯くと、暖かな腕が包み込んだ。
あなたが今、ここにいる。
あなたの名を呼ぶことが出来る。
その事が嬉しくて、幸せで。
次から次へと涙が溢れ出る。
「お前は本当にすぐ泣くな」
「……すみま……せ……っ」
「俺が拭ってやればいいだけだ」
そう言って、剣を握り続けた武骨な手が優しく涙を拭ってくれる。
あなたが私を選んでくれた。
私だけが今、あなたの名前を呼べるから。
「歳三さん」
「おう」
優しい応えに微笑んで、愛しい人の名前を呼ぶ。
何度も、何度も、愛しさをかみしめて。