そして夢の幕引きを

原千8

箱館戦争終結から四ヶ月あまり。
蝦夷から北海道と名を改められた地に、原田はいた。
新選組を永倉と共に離脱した原田は、鋼道が新しい羅刹で雪村家復興を目論んでいることを知り、その行く手に立ちふさがり彼の野望を打ち砕こうとした。
しかしその時重症を負ってしまい、戦場に戻ることもできずに療養を余儀なくされたのだ。
共闘していた不知火のおかげでようやく傷が癒えた原田は、新選組最後の地に足を踏み入れた。
彼らの最後を見届けるために――。

「すまねえ。ちょっと聞きてえことがあるんだが……」
道を聞こうと声をかけた原田は、振り返った女の顔に息を飲み込んだ。

「お前……千鶴、か?」
「……原田さん!」
同じく驚きの表情を浮かべた千鶴は、両手を前に瞼を震わす。

「生きてらしたんですね……。よかった……」
「ああ。お前も無事だったんだな」

涙を浮かべ微笑む姿は、原田が見知っていた少女のものではなく。
千鶴に変化をもたらしたものが何かを悟り口ごもる。
原田が新選組を離脱した後も、千鶴は新選組と……あの人と行動を共にしていたのだろう。
そして、今彼女が一人でいるということは、伝え聞いた話……土方が戦死したのが事実であることを裏付けた。

「原田さんはいつこちらへ?」
「今日着いたばかりだ。千鶴は?」
「私はこのお寺でお世話になっているんです」
あてがわれている自分の部屋に原田を通すと、千鶴はお茶を差し出した。

「……うまいな。懐かしい味だ」
「ありがとうございます」
あの頃もよくこうして千鶴はみんなに茶を入れてくれていた。

初めは怯え、笑みを覗かせることもなく、最低限の言葉を交わすのみだった千鶴が徐々に打ち解け、笑うようになったことに原田はほっとしていた。
女は守るべきもの――そう思っている原田にとって千鶴は庇護するべき存在だった。
不自由な生活の中、他の幹部の目を盗んで外に連れ出したり、お千に会わせてやったり。
許されるぎりぎりの範囲で、原田は千鶴にのしかかる負担を少しでも和らげてやろうとしていた。

妹のような存在……そこから想いが変化していったのはいつからだろう。
気づいた時にはもう、彼女の瞳には自分ではなく他の男が映っていた。
千鶴が自分を想ってくれているのなら、共に連れ出せた。
しかしその胸に宿っているのは原田ではなかった。
だから新選組を離れる時、原田は千鶴への想いを封じたのだ。

「そういや総司のこと、何か知らねえか? 松本先生のところを抜け出したっきり、消息がわからねえんだ」

「沖田さんは……」

原田の問いに一瞬口ごもると、俯き震える声で言葉を紡ぐ。

「沖田さんは……土方さんを守って……それで……」
「……そうか……」

療養先を抜けだした沖田が向かうのは土方のもとしかないと、そう思っていた。
けれど伝え聞く話に彼の名は一切出ることがなかった。
それを不審に思って問うたのだが、少ない言葉から沖田の最期を悟った原田はそれ以上の説明を求めなかった。

「原田さんは今日の宿は決められているんですか?」

「いや、これから探そうと思ってた」

「でしたらここにどうぞ。私、和尚様に頼んでみます」

「……いいのか?」

「はい。ゆっくり休んでください」

千鶴の申し出を素直に受け入れると、立ち去って行く足音を耳にため息をつく。
積もる話はいくらでもある。
しかし何より、千鶴のことが気になった。

 * *

「斎藤さんも生きてらっしゃるんですね」
「ああ。今は謹慎中だけどな。島田も近いうちに許しが出るだろう」
「良かった……」
散り散りになった仲間の消息を聞き、胸をなでおろす千鶴。

「そっか……平助は逝ったのか……」

新選組にいた頃は永倉と藤堂、三人でつるむことが多かった。
気の合う仲間、そして原田にとっては弟のような存在だった。

「のんびり生きろって…土方さんを頼むって…笑って……」
最後まで土方を気遣い、砂となって消えていった藤堂。

「あいつらしいな……」
きっと笑って逝ったのだろう……その姿が思い浮かんで、瞼が熱くなる。

「土方さんは……」
原田の口にした名に、びくりと震えた肩。
俯き表情は見えないが、その身体は細かく震えていた。

「いや、なんでもね……」
「土方さんは……」
千鶴を気遣い、引こうとした原田に重なる声。

「土方さんは……弁天台場で孤立した島田さんたちを助けようと五稜郭を出て……銃撃を受けて……」

土方が撃たれたのは左胸。
止まらぬ出血に一瞬真白くなった頭は、即座に自分を傷つけ彼に血を与える術を選んだ。
土方を助けたい……その一心で。

「五稜郭に戻ろうと桜並木に差しかかった時……風間さんに会ったんです」
「風間……あの鬼か」
女鬼である千鶴を狙い、執拗に新選組を襲撃してきた鬼の一族。

「風間さんははぐれ鬼になっても……それでも土方さんと決着をつけることを望んでいました。
土方さんはそれに応えて……」

桜が舞い散る中、剣を合わせた二人。
金色の瞳と紅の瞳の鬼。
戦いの中で風間は紛いものの名はふさわしくないだろうと、土方に鬼の名を贈った――薄桜鬼と。
淡い桜が舞い散る中、信念を貫き戦った土方に、それはふさわしい名だった。

「土方さんの剣が風間さんの胸を貫いて……そして……」
「もういい」
必死に涙を堪えながら、土方の最後を語る千鶴を遮って。
震える体を抱き寄せる。

「これからも俺の傍にいろって……逃げようとしたって放さないって……そう言ってくれたんです……っ」

劣勢に立たされた戦況の中、通い合った想い。
生きたいと、そう土方が告げてくれたことが嬉しくて。
ずっとこの人の傍にいると、そう心に決めていた。
なのに土方は逝ってしまった――千鶴を残して。

「ふ……うっ……ああああぁぁ~~~~っ!」

土方を亡くしてから、千鶴は涙を流すことはなかった。
土方に心配かけたくなくて、必死に堪えていたのだ。
箍を外れた想いに、とめどなく涙が溢れ流れ落ちる。
声を上げ泣く千鶴を、原田はただずっと抱きしめていた。

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