そして夢の幕引きを-2-

原千8

泣き疲れて眠った千鶴を横にして。
原田は一人盃を傾ける。
今まで泣くこともできずに一人耐えてきたのだろう。
張り詰めていた糸が切れたように、千鶴は腕の中で眠りに落ちた。

「あんたも……悔しいだろうな」

生きると、そう千鶴に告げた土方。
羅刹となって命が削られていても、それでも千鶴と共にと、そう願ったのだ。
愛する女を残して逝ったことはどれほどの無念だっただろう。
―――そして愛する男を失った千鶴。
その胸に空いた耐えがたい空虚は、今も癒えることなく血を流し続けていた。
埋める術の見出せない空虚からどうやって救ってやればいい?
繰り返す問いに答えを見つけられず、涙の痕の残る千鶴を見つめ、原田は苦い思いで盃を傾けた。

 * *

「ん……千鶴?」
翌朝、目を覚ました原田は千鶴の姿を探した。

「もう起きたのか……」

呟き、立ち上がった瞬間、部屋の違和感に気づく。
きちんと整えられた室内。
元々千鶴は綺麗好きで、屯所も毎日のように掃除していた。
しかしこの部屋はただ綺麗に片付けてあるのではない。
住んでいたものの存在を感じられない、まるで消し去ったかのように整えられていた。

「千鶴っ!?」
辺りを探してみるがその姿はなく。
綺麗に片付けられていた部屋に、嫌な予感が胸をよぎる。

「くそ……っ!」
この地で千鶴が行きそうな場所。
それを和尚に聞きにいこうとした原田は、ふと足を止めた。

「……あそこか!」

土方が最後に風間と戦ったという、桜並木。
妙な確信を持って、原田はそこを目指し駆けて行く。
土手に沿って並ぶ桜の木。
春の淡い色彩とは異なる鮮やかな紅を纏ったその木々の中に立つ女。

「千鶴!」
原田の呼びかけにびくりと肩を震わせると、一瞬の躊躇いの後に千鶴が向き直った。

「原田さん……」
「ここに何しに来た?」
「…………」
スッと細められた瞳に、硬い声。
静かな怒りを抑える姿に、千鶴はそっと目を伏せた。

「てめえの役目は終わったって荷を降ろすつもりか」
「…………」
「そんなことはさせねえ」
「……どうして……」
原田の言葉に顔を上げると、すっとその頬を涙が伝う。

「私は土方さんの小姓として、皆さんから託された土方さんを……新選組を見続けました。それが最後に残された私の役目だと、そう思ったからです。でも原田さんがいるなら……私はもう……っ」

「俺に背負わせててめえは逃げるのか?」

「……いけませんか!? 私は自分の役目を果たしました。これ以上生き続けるなんて……っ」

ずっと、耐えてきた。
後を追いたい衝動を堪え、新選組の最後を見届けたものとして彼らの生き様を刻んで生きていくのだと、そう自分に言い聞かせてきた。
それでも、土方を失った傷は癒えることなく血を流し、半身を失った千鶴はただ自分の役目のためだけに生きていたのだ。
そんな千鶴の前に現れた原田。
彼を見た瞬間、千鶴は自分の役目は終わったのだと安堵したのだ。

「……バカ野郎っ!」
「…………っ」
千鶴の構えた小太刀を叩き落して引き寄せると、振り払おうと暴れる千鶴を抱きしめる。
いくら暴れてもその腕が緩むことはなく、千鶴の口から嗚咽がこぼれた。

「どう……して……っ」
「俺がお前を死なせたくねえからだ」
「私は……もう……っ」
「だめだ」
もういいと、そう言ってくれない原田が恨めしく、千鶴は涙に濡れた瞳で見上げた。

「私は……何のために生きればいいんですか?」

土方と共にあること。
傍で彼を支えること。
それが千鶴の選んだ道であり、望みだった。

「俺のために生きちゃくれねえか」
思いがけない言葉に呆然と見上げると、琥珀色の優しい瞳が千鶴を映す。

「原田……さん……」
「土方さんを忘れろって言うんじゃねえ。生きる目的が見い出せねえんなら俺のために生きちゃくれねえか」

原田の言いたいことがわからず、千鶴はただ呆けたように見つめていると、温かな掌に後頭部を押され、彼の肩口に顔を埋めた。
大きな手。
土方と同じく、温かな……手。

「……っ……」
あの日の映像が蘇り、一粒、二粒と涙がこぼれる。
抱き寄せる腕も、包み込むぬくもりも土方ではないのに、それに身を委ねたくなってしまう。
そんな自分の弱さに、千鶴は必死に抗った。

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