夢の始まりは潮騒と

原千5

新居の中を、千鶴は感慨深く見つめていた。
異国に渡って居を構え。
夢見ていた愛する人との穏やかな生活が今、ここにあった。
女鬼と追われることもなく、戦いに身を投じることもない。
幕府も新政府も何の関わりもない、ただ原田だけを見つめて生きていける。
それはこの上もない幸せだった。

「千鶴?」
居間に座ってぼんやりと家の中を見渡している千鶴に、原田が気遣わしげに覗き込んだ。

「どうした? 疲れたのか?」
「いえ……」
隣りに腰かけた原田に、緩やかに首を振り微笑む。

「本当に幸せだなぁって……そう思っていたんです」
「……ああ」
目を細めて笑むと、華奢な身体を抱き寄せる。
好きな女と所帯を持って静かに暮らすこと。
それは、原田がずっと望んでいたものだった。

「でも、良かったですね。海の傍の家が見つかって」
「ああ。これは譲れねえ条件だったからな」

まだ江戸にいた頃、何気なく語り合った二人の将来。
海の傍で見渡す限りの水平線を眺めながら暮らしたい、そう語っていた原田は、異国に渡りその夢の通りの家を手に入れた。

「家は見つかったし、あとは子供、だな」
「っ……!」
抱き寄せたまま、悪戯っぽく微笑む原田に、千鶴が頬を上気させて俯く。

「こればっかりは俺一人じゃどうにもならねえからな。協力してくれるだろ? 千鶴?」
「……はい」
耳朶をくすぐる甘い声に、顔をあげられずに小さく頷く。
そんな千鶴に満足そうに笑うと、ぽんぽんと優しく頭を叩く。

「幸せになろうな」
「……はい」
両腕に収まる幸せ。
それを大切にしようと、異国の地で二人で誓うのだった。
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