在りし日の幻

薫1

「お兄ちゃん!」
自分の姿を見つけると、顔を綻ばせて駆け寄ってきた双子の妹に、俺は笑みを浮かべてその身を受け止めた。

「人形遊びはやめたのか?」
「うん。お兄ちゃん、いなくなっちゃったんだもん」

千鶴は同い年の女の子と人形遊びにふけっていたので、一人散歩に出ていたのだが、どうやら俺がいないことに気づき、探し回ったようだった。

「俺を探した?」
「うん。お人形遊びより、お兄ちゃんの方がいい」

しがみつき、一心に慕う様が可愛くて、自分とそっくりな容貌の妹の頭を撫でた。
俺の双子の妹・千鶴。
瓜二つの顔が傍にあるのは不思議な感覚だったが、それでも煩わしいとは思わなかった。
女みたいだとからかわれるこの顔も、妹と同じだと思えば嫌ではなかった。
お兄ちゃん、と後を追ってくる存在が愛おしかった。

「俺も千鶴と一緒にいる方が楽しいよ」

そう言って微笑めば、花開く笑顔が返ってきて。
道端に咲いていた花を手折って、艶やかな黒髪へと飾ってやる。

「千鶴は本当に可愛いね。俺の自慢の妹だよ」
「お兄ちゃんも可愛いよ。千鶴と同じ顔だもの!」
「男の子に可愛いはおかしいよ。どうせならカッコいいがいいな」
「カッコ、いい?」
「うん」
頷けば、一瞬思案した幼き顔に笑顔が浮かぶ。

「お兄ちゃん、カッコいい!大好き!」

言われたままを素直に口にする千鶴に、苦笑しながらその額へ口づけを落とす。
そうして小さな手を取り、並んで家路を歩いていく。
ずっと、ずっと、こうして共にいるのだろうと思っていた。
この先に残酷な別れがあるなどと思いもよらずに――。
閉じていた瞼を開けると、遠い日の幻影を振り払うかのように緩く首を振った。

「……夢? 願望、ってことはないか」
笑えるほどのどかで滑稽な夢の光景に、喉の奥から嘲笑が漏れる。

「俺たちの間には憎しみ。それしかない。そうだろ? 千鶴?」

身を隠した木の上から、瓜二つの存在を見つめる。
俺の双子の妹・千鶴。
鬼であることを忘れ、俺のことを忘れ、一人のうのうと幸せに身を浸している忌々しい半身。

「さあ、次はどんな苦痛を与えてやろうか?
その顔が涙で歪む様を思い浮かべると、嬉しくてたまらないよ」

瓜二つであるはずの自分の顔に浮かぶのは、妹を陥れる喜びを滲ませた狂気の笑み。
ずれた歯車は戻らない。
過ぎた日々は、戻らない――。
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