心が堕ちる音がした

薫2

――始めはただ、知りたかったんだ。

俺に妹がいると知ったのは、引き取られた南雲家の者の言葉。

『滅んだ里の男鬼なんかに用はない! 私は女鬼を……お前の妹を欲していたんだ!』

子を産ませるための貴重な女鬼が欲しかった土佐の南雲家は、俺と妹を間違って引き取ったことに気づくと大激怒した。
幼い身に容赦なく降りかかる罵倒。
まるで使用人のように扱われ、虐げられ。
それでも俺は、離れ離れとなった妹の身を案じていた。
自分と同じように辛い思いはしていないだろうか?
別れた時は幼すぎて、顔さえ思い出せないけれど、それでもこの世で唯一血を分けた俺の妹を。

長い年月を経て、ようやく再会した妹は笑って、いた。
苦しみなど知らないかのように、俺達の幸福を打ち砕いた人間と笑っていた。
これはなんだ?
俺は夢を見ているのか?
俺達の親を、友を、仲間を殺した人間と、楽しそうに語り合っている妹。
俺と同じ顔で、なのに俺が浮かべたことのない笑みを浮かべて。

その姿を見た時、俺の中で何かが壊れた。
冷遇された恨みを晴らした時でさえ、妹の事を案じていた。
探し、守る。
そう思っていた存在が、全く違うものになった。

驚きと悲しみをたたえ、涙を流す千鶴。
その瞳に映る俺の姿は、狂気に歪んだ笑みを吐く。
どうしてなんて、俺が知りたい。
俺はただ会いたかった。
会って寄り添い、共に生きたかったんだ。

「兄さんは君の不幸せをいつでも願ってるよ。……なんてね。あはははははははは!!」

嘲笑に、悲しみ崩れる千鶴。
俺達を引き裂いたものはなんなのか?
それでも、もう、引き返せない。
愛と憎しみは表裏一体、なんてよく言ったものだ。
俺は千鶴を愛していた?
それとも始めから憎しみしかなかったのか?
わからない。
わからないけれど、もう元には戻れないのだ。

「さようなら。俺の……千鶴」
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