最後の膳の盛り付けを終えた千鶴は、嬉しそうに微笑む。
今日は大晦日。
広い屯所の中を掃除して一年の汚れを落とし、新年を迎える準備は整った。
行く年来る年とくれば飲みは欠かせない新選組に、千鶴は井上と共に午後からずっと食事の支度に追われていた。
「あんたがいてくれて本当に助かったよ」
「いいえ、私なんか……」
「だよな! 千鶴がいなきゃこんな豪華な膳食べられねえもん」
「そうそう! 飯がうまけりゃ酒も進むってな!」
「新八。お前はいつでも進むだろ」
嬉しそうに飯を掻き込む平助と新八に、原田が苦笑しながら盃を傾ける。
「いや、しかし味といい色合いといい、本当に見事だ!」
「ありがとうございます、近藤さん」
「ま、悪かねえな」
「土方さんが褒めるなんて相当なものだよ。良かったね、千鶴ちゃん」
「そりゃどういう意味だ?」
「まあまあ。トシも総司も暮れぐらい喧嘩はよそうじゃないか。この素朴な味がこう、胸にしみてだな……」
相変わらずの大らかさで土方と沖田を諫めた近藤は、千鶴の膳に満面の笑みを浮かべる。
千鶴が新選組と共にいるようになって一年。
始めは怖かった幹部の人達とも、今ではこうして笑い語り合えるほどになっていた。
父の行方は相変わらず不明で、自分をつけ狙う風間達鬼の存在もあったが、それでも新選組は変わらず自分を受け入れてくれた。
「お酒もっと持ってきますね」
「雪村くん。全然食べてないじゃないか」
「酒なんざ自分で取ってこさせりゃいいんだよ。おい新八!」
「おう、平助行ってこい!」
「なんで俺に振るんだよ!」
立ちあがった千鶴を止めて新八を促す原田に、絡まれた平助が不平を洩らす。
「いいからてめえも年の暮れぐらいゆっくりしやがれ」
「そうだぞ。雪村くんにはいつも面倒をかけているからな」
「そんな、私なんか全然お役に……」
「余計な謙遜なんかしないで食べれば? せっかくの一くんのお味噌汁が冷めちゃうよ?」
「…………」
「あ、はいっ。頂きます」
少しでも役に立ちたいと動き回ろうとする千鶴を宥める幹部達に、微笑みながら椀を手に取る。
掌に伝わるぬくもり。
それはこの場の空気と同じく温かくて、千鶴の胸が暖まる。
千鶴の顔に浮かんだ笑みに、うんうんと頷く近藤に土方は苦笑した。
始めは顔を強張らせ、警戒を崩さなかった少女。
そんな彼女が少しずつ見せ始めた笑顔は、殺伐とした新選組に安らぎを与えていた。
「そうやって笑ってろ。女は笑顔が一番だぜ?」
「またそうやってすぐに左之さんはくどくんだからなぁ」
「なにっ!? 俺の妹分に手は出させねえぞ
左之!」
「いつから千鶴がお前の妹になったんだよ」
始まった三人の賑やかな喧騒に、くすくすと肩を揺らして笑う。
と、遠くから除夜の鐘の音が聞こえてきた。
厳かなその音に、皆口をつぐんで耳を傾ける。
「来年も頼むぞ、皆の衆!」
「もちろんですよ、近藤さん」
「新八っつあんも行って鐘突いてくれば? その食欲魔人ぶりが少しはおさまるかもよ?」
「なんだと? 欲減らすなら左之の奴だろうが!」
「なんで俺なんだよ。お前こそ厄落としでもすりゃ、少しは島原の姐さん達も寄ってきてくれるかもしれねえぜ?」
「なにぃ!? よ、よし、行くぞ平助!」
「なんで俺もなんだよ! ってか、今更遅いし!」
肩を掴んで立ちあがる新八に、平助が必死に逃げようと暴れる。
いつもと同じ賑わい。
それがこれからもずっと続きますように、と。
千鶴は胸の内で願うのだった。