色隠せども香りは漂い

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「俺さぁ、最近気になる奴がいるんだ」
「お? どんな女だよ!」
「……雪村」
隊士Aの言葉に、周りが驚愕する。

「雪村……って、副長の小姓のか!?」

「あいつは無理だって! 副長の他にも、原田さんとか藤堂さん、沖田さんも気に入ってるんだぜ?」

「ああ。原田さんなんか島原の姐さん達よりも雪村に夢中だって言って、鼓夫が愕然としてたらしいからな」

「面倒がりの沖田さんも、巡察の最中に団子屋行かせてやったりしてたしよ」

「藤堂さんもよくあいつに土産買っていってるもんな」

「……そうだよな」

はぁ~とため息をつく隊士Aに、隊士Bが気まずげに頬を掻く。

「ま、まあ、確かに可愛いよ、な」
「なんだよ。お前もかよ」
「傷の手当てをしてくれた時、あいつの身体から甘い香りがしてよ。礼を述べた時の笑顔がまた可愛くて……」

思い出して顔を赤く染める隊士Bに、他の隊士たちもそうだよな……と同意を示し始める。
始めは新入りのくせに私室を与えられ、幹部と行動を共にしていることを快く思ってはいなかったが、皆が嫌がるような雑用を進んでしたりと、甲斐甲斐しく働く姿に次第に敵愾心は薄れていった。

「背も小さいし、線も細いし、声なんか女みたいだよな」

「あいつの作る飯も上手いよなぁ。なんていうか素朴でよ。心があったまるっていうか……」

「俺、雪村だったら男でもいいかも……」

「――へえ。君って衆道だったんだ?」

惚気の呟きに重なった冷やかな声に、平隊士たちははっと後ろを振り返った。

「お、沖田さんっ!」

「確かにうちには衆道者の入隊を禁ずる、なんて決まりはないけどね。土方さんの小姓に手を出したりしたらどうなるかぐらい、想像できるよね?」

にこりと笑顔で告げられ、一気に血の気が引いていく。

「す、すいません! たんなる戯言です!」
「失礼します!」
蜘蛛の子を散らしたように逃げていく平隊士に、その姿が見えなくなるとはぁ~とため息をついた。

「……土方さんに言っとかないとね」

こうした事態を招かぬよう、保護した時のまま男装を強いてきたのだが、見る者が見れば女と一瞬で見抜けるぐらい、千鶴の男装は拙いものだった。

「どうした? お前がため息などと珍しいな」
「……一くん。僕をなんだと思ってるの?」
通りがかった斎藤の言葉に、ぴくりと片眉がつりあがる。

「今、平隊士たちがいたようだが」
「ああ、ちょうどいいや。土方さんに言っといてくれない? 千鶴ちゃんが襲われますよって」
「っ……!?」
へろっと物騒な内容を告げる沖田に、斎藤は眉間のしわを深めた。

「……どういうことだ」
「土方さんがきまりきまりって厳しくしすぎるせいで、隊士たちの欲求不満が募ってるみたいなんだよね。身近な千鶴ちゃんに手を出そうと思うぐらい」
「………」
沖田の言葉を聞き終えると、くるりと踵を返す。

「副長に報告してくる」
「ついでに『本気で手ごめにしないと横から掻っ攫われるよ?』って伝えてくれる?」
「――総司」
相変わらずの軽口に、斎藤がふうっと嘆息する。

「『小姓』なんて肩書きが通じるのは平隊士ぐらいで、本気であの子に惚れちゃえば関係ないしね」

意味深な光を宿す翡翠の瞳に、何も答えず背を向け立ち去る。
そうして土方の部屋へと向かいながらも、脳裏では沖田の言葉が繰り返されていた。

『本気であの子に惚れちゃえば関係ないしね』

それは誰を指しての言葉なのか。
平助? 左之? それとも総司自身が千鶴を?
考えて、不意に不快を感じている自分に気づく。

「何故、動悸が乱れている?」

己の胸に芽吹き始めた想いに気づかず、斎藤は眉根を寄せる。
よぎるのは、いつも笑顔の少女。
常ならぬ心の乱れに、斎藤は戸惑いながら土方の部屋へと歩いていった。



「どうした? 斎藤。石田散薬なんか持ち出して、具合でも悪いのか?」

「ああ。原因不明の動悸が治まらなくてな」

「はあ?」

水と石田散薬を載せた盆を持って、深刻そうに眉をしかめる斎藤を、永倉が訝しげに見つめる。

「なんだかよくわかんねえが、具合悪いんならそんなものより医者行った方がいいぜ?」
「石田散薬は万能薬だ。これがあれば問題ない」
「……お前、まだ信じてんのかよ」

斎藤の石田散薬信奉ぶりに呆れると、永倉は早めに病院行けよと呟き立ち去った。
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