涙を堪えて泣かないで

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庭の掃き掃除をしていた千鶴は、不意に茜色に染まってきた空を見上げた。
思わぬ現場に遭遇し、新選組と行動を共にするようになって一月余り。
京にやってきた理由である父の行方はいまだわからず、途方にくれつつも千鶴は必死に屯所での暮らしを続けていた。
新選組の事情で軟禁を強いられている千鶴だったが、ただ飯を食らっているだけの厄介者という立場は落ち着かなくて、掃除などの雑用を請け負うようになっていた。

ひゅうっと傍を通り抜けた風に肩を震わせる。
京の冬は厳しく、外にいるとすぐに芯まで冷え込んでしまう。

「私も勝手場に入れてもらえれば、暖かいものでも作っておけるんだけどな」

新選組では当番制で隊士達が食事を作っており、千鶴も彼らが作ったものを食していた。
本来ならば、女である自分が行うのが当然なのだが、客人である千鶴がそのようなことを行う必要はないと遠ざけられていた―――表向きは。

「やっぱり信用されていないからなんだよね……」

はぁと吐き出した息が、一瞬白く浮かんで消える。
勝手場は全幹部が口にする食事を作る場所。
そこに部外者を入れることは、命を危険に晒すことに繋がる。
よって、秘密が公になることを恐れて監禁している千鶴を、彼らが勝手場に入れないのは当然であった。
隊服の繕いや洗濯、掃除などは任されるようになったが、それも問題などおこりようのないささやかな仕事で、いつまでもお前は部外者なのだと言われているようで辛かった。
ふぅともう一度ため息をついた時、不意に肩が叩かれた。

「こんな時間まで掃除してたのか? お前って本当に真面目だよな」

「平助君。おかえりなさい、今日は異常なかった?」

「ああ。この時期ぐらいは大人しくしていて欲しいもんだよな」

寒そうに手をすり合わせる平助に、「そうだね」と釣られるように微笑む。

「ひゃあっ!」
突然冷たい腕に抱き寄せられ、千鶴は悲鳴を上げた。

「総司!」
「お、沖田さんっ!?」
腕の主は、新選組1番組組長の沖田。

「せっかく温まろうと思ったのに、千鶴ちゃんも冷たいんじゃ意味ないよね」

そんなに長い時間外にいたの?
そう問われて口をつぐむ。
与えられた仕事をきちんとこなせなければ、いつでも斬り捨てられるような気がして、ずっと掃除し続けていたのである。

「うわっ、本当に冷たいぜ! 巡察に出ていた俺らよりも冷たいなんてやばいだろ!」
「そ、そんなことないよ」

沖田の言葉に、頬に手を伸ばした平助も驚きの声を上げる。
そんなに冷たいのかな?
そう慌てていると、ぽんぽんっと大きな掌が頭を撫でた。

「食事の前に風呂に入ってこいよ」
「え? でも、皆さんの前にそんな……」
原田の言葉に遠慮を示す千鶴に、沖田が悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。

「なに? そんなに僕らと一緒に入りたいわけ?」

「い、いえっ! お、お先に入らせて頂きます!」

真っ赤な顔の千鶴は、ぺこりと頭を下げると全速力で屯所内へと逃げていく。

「総司ってほんと人がわりぃよな~」
「ああ、一緒に入りたかった平助君の邪魔をしちゃったかな?」
「そんなんじゃねーよ!」

千鶴をからかうことを楽しみにしているんじゃないかという総司の言い回しに、平助が不憫そうに呟くと、すかさず悪態を返す沖田に、原田が深々とため息をつく。
つまるところ、彼ら全員千鶴の身を心配しただけのことなのである。

「ほら、食事の時間に間に合わないと、また斉藤にしぼられるぞ」
人一倍きちんとしている斉藤が本日の食事当番であることを思い出し、平助が慌てて自分の部屋へと戻っていく。

「左之さんって本当に優しいよね」
「いいから、お前も早く着替えて来いよ」
「は~い」
にまにまと笑みを浮かべた沖田が、ひらひらと手を振り屯所の中へと消えていく。

「あいつもあれぐらい器用ならいいのにな……」
真っ赤な顔で駆けて行った少女の顔を思い浮かべると、原田も屯所へと身を翻した。
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