「ねえ、ルードくん。最近おやつにクッキーが多いのはなんで?」
紅茶と共に並べられたクッキーを頬張りながらのコハクの問いに、行儀が悪いですよと眉をしかめながら「クリスマスが近いからです」とルードが答える。
「クリスマス?」
「最近、街に出かけると飾りを多く目にするでしょう? クリスマスはゆっくり過ごせるようにと、日持ちするクッキーやパウンドケーキを作って少しずつ食べる習慣があるんです」
「そうなんだ」
ルードの説明に、そういえば最近はクッキーの他に、ナッツやドライフルーツを使ったずっしりした菓子――シュトーレンといったか――がよく出ていたことを思い出した。
「だったらクリスマスはどんな料理を食べるの?」
「そうですね……魚をメインとした料理にローストビーフでしょうか」
「うわあ! すごいご馳走! 政虎さん楽しみだね」
「肉がメインでもいいんだぜ」
「クリスマスはいくらでも食べれる日ではないので勘違いしないように。梓さん? どうかしましたか?」
「ううん。私がいたところではチキンをメインにすることが多かったから違うんだなって思って。ルードくんの料理はどれも美味しいから楽しみだね」
「…………っ、ご期待に沿うよう善処します」
「ふふ、他にはどんなことをしていたんだい?」
梓たちの会話を聞いていたダリウスの促しに、元の世界を思い返しながら浮かんだ事柄を口にする。
「え……と、クリスマスツリーを飾りつけたり、親しい人達でプレゼントを交換し合ったり、ケーキを食べたり、かな」
「はいはーい! おれ、梓さんからプレゼントもらいたいな。おれも贈るから交換しよう?」
「コハク。梓は「親しい人達」と言っていただろう? 公平に皆で持ち寄ってだよ」
「げ……オレもかよ……」
「もちろん。誰に渡るかわからないなんて面白い趣向だ。ふふ、楽しみだね」
賑やかにクリスマスに想いを馳せる仲間たちに、梓はそっとダリウスを見る。
梓が知るクリスマスの過ごし方は、もう一つあった。
それは、恋人と過ごすこと。
もちろん家族で賑やかに過ごすのもそうだが、今まで梓に恋人がいたことはなく、だからほんの少しだけ憧れる気持ちがあった。
(みんなで過ごした後に少しだけダリウスに時間をもらえたら……)
したいことがあるわけではないけれど、特別な日を特別な人と過ごしたい。
そんな少女らしい願いを胸に秘めてクッキーを食んだ。
そうして迎えたクリスマス当日。
食卓はルードが腕を振るった豪華な食事で埋め尽くされ、魚料理の他にも梓が口にしたからだろう、ローストチキンやケーキも並べられており、虎とコハクはここぞとばかりに皿によそい、行儀が悪いと顔をしかめるルードを、今日だけは見逃してあげなさいとダリウスが窘めていた。
賑やかなプレゼント交換では、梓のプレゼントを引き当てたコハクが大喜びし、密かに狙っていたダリウスのプレゼントは虎に引き当てられてしまい、梓はルードの贈り物に顔をほころばせた。
「これ、ルードくんが編んだの?」
「店で買い求めようか悩みましたが、あなたに渡ったのなら良かったです」
「っていうかこの色、梓さんしか使えないよね。ルードくん、最初から梓さんにあげるつもりだったんでしょ?」
「手製のマフラーを同性から贈られても、あなたたちは喜ばないでしょう? 他の人に当たったら私のものと交換するつもりでした」
「ありがとう、ルードくん。編み目も綺麗だし、柄も素敵。大事にするね」
「そうしていただけると助かります。また体調を崩して、ダリウス様の手を煩わされては困るので」
「夫が妻の看病をするのは当然だろう? ただキッチンを荒らしたことは謝るよ」
新婚旅行から帰って、気温差と長期の船旅で体調を崩した梓の世話を焼いて、ダリウスがあれこれ料理をしてはルードを困らせていたことを後から聞いて、梓はごめんねと眉を下げた。
クリスマスパーティが終わり、片付けを手伝っていた梓は、ダリウスを探して邸内を歩いていた。
「ダリウス、どこにいるんだろう?」
てっきり部屋に引き上げたのかと思ったのだが姿がなく、もしかして温室だろうかと外へ出ると「梓」と名を呼ぶ声に振り返る。
「ダリウス。ここにいたんだね」
「ねえ、梓。上を見てごらん」
促されて見上げると、そこには丸く茂った木の枝の飾り。
「これはヤドリギだよ。この木の下にいる女性はね、キスを拒んではいけないんだ」
「えっ!?」
ダリウスの言葉に驚いた瞬間、唇に触れたぬくもり。
「君のプレゼントを手にしたコハクに少し妬いてしまってね。ようやく君を独り占めにできた」
「……私だってダリウスのプレゼント欲しかったよ」
公平なくじの結果だから仕方ないとはいえ、やはり梓だってダリウスに贈りたかったと眉を下げると髪をかきあげられて。
「じっとしていて。……うん、可愛いね。よく似合ってる」
「これ……イヤリング?」
「交換だから君に渡るかわからない。けれどもどうしても君に贈りたくて。だからこれは、俺から君へのプレゼントだよ」
小ぶりに揺れる感触に、耳に指を伸ばした梓の手を掴んで。
再度重なった唇は今度は少し長めに――わずかな隙間から白い吐息がこぼれた。
「ダリウス……」
「ふふ、この木の下にいる間は、俺は何度でも君にキスをできる。だから、イヤリングを見るのはもう少し待って」
梓が鏡を見ようと思っていたのを先回りして阻むと、何度目かわからないキスが降る。
「この木の下じゃなくても、ダリウスのキスを拒んだりしないよ」
「……君は本当に俺を煽るのが上手だね。それは遠回しな誘いかな?」
「……っ、その、もう少しだけこうしていてもいい?」
「もちろん。俺は君を独占できれば満足だからね」
ちゅっと軽くキスをして、悪戯っぽく微笑むダリウスに頬を赤らめて。
愛する人と過ごす聖夜に、憧れが叶った幸せをかみしめた。