笑顔の裏に

泉花

今日は物忌みの日。
文を貰い、花梨の元を訪れた泉水は、他愛無い話を交わす内にふと花梨の顔色が悪いことに気がついた。

「花梨殿……お顔の色が優れませんが、もしや体調が優れないのではありませんか?」

「え……!? あ、えっと、大丈夫です!!」

泉水の指摘に明らかに慌てる花梨。

「物忌みの日は神子殿は穢れを受けやすいと伺いました。それでなくとも、ずっと頑張っていらっしゃるのです。どうぞ少しお休みになってください」

「でも、せっかく泉水さんが来てくださったのに……」

「私のことはお気になさらずに…神子を守るのは八葉の役目ですので」

優しい言葉に、実は朝から身体がだるく不調を感じていた花梨は素直に頷き、横になる。

「泉水さん、お願いしてもいいですか?」
「はい、私に出来ることならばなんなりと」
「笛を……吹いてもらえませんか?」
「笛……ですか?」
花梨の願いに、泉水が驚き彼女を見る。

「……最近、ちょっと夢見が悪いんです。だから、泉水さんの澄んだ笛の音を聞いて寝たら安心して眠れるかな、と思って」

顔を曇らせる花梨に、懐から笛を出すと柔らかく微笑む。

「私の笛がお心を慰めることが出来るのならば、喜んで献上させて頂きます」
「ありがとうございます」

部屋に響き渡る清浄なる笛の音に、花梨が目を閉じる。
泉水の笛の音は、彼の性格を現すようにとても優しく、そして少し寂しげで、今の花梨の気持ちと重なるものがあった。

龍神によって突然異世界へと召還された花梨。
神子として京を救って欲しいと紫姫に請われ、帰る術も見出せない為に了承したのだが、神子を助けるという八葉は帝と院の勢力争いで二分されていて、その影響でどちらの八葉も花梨を神子とは認めてくれなかった。
それでも必死に会いに行き、少しずつ心を通わせあうようになってきた。
だが――。

「…ん……」

静かに笛を奏でていた泉水は、花梨の声に笛を下ろす。
見ると、花梨は切なそうに瞼を震わせうなされていた。
その姿に、眠る前の彼女の言葉を思い出す。

「そういえば夢見が悪いと仰られていましたね」

苦しげな様子に心配そうに覗き込んだ瞬間、花梨の瞳から涙がこぼれ落ちた。

「どうして……」

苦悩が滲んだ呟きは、ひどく哀しげだった。
驚きで身動きできずにいる泉水に、花梨は夢の中の誰かに必死に誓う。

「私、頑張りますから……だから……」

悲しげに紡がれた言葉に、泉水は顔を曇らせた。
花梨を苦しめているもの――それは自分たち八葉なのだと気づいたのである。
本来荒廃した京を救う清らかな神子として、花梨は敬われるべき存在だった。
なのに愚かな権力争いに身動きを封じられた八葉は、彼女を守るべき存在であるにもかかわらず彼女を拒絶し、そのことが彼女を苦しめていたのである。

「あなたをこのように苦しめてしまい、申し訳ありません……」

いつもは花のような笑顔で明るく皆を励まし、八葉をまとめようと頑張っている花梨の隠された苦悩を目にし、泉水は無知だった己を悔やむ。
頬を流れる涙をそっと指で拭うと、せめてもの癒しにと笛を奏で続けた。
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