微笑みの先の未来

遙か2

五行が正しく巡って季節が変わる。
冬から春、そして――。


「あっちぃ~!」
拭っても拭っても流れてくる汗に、イサトは目を細めて空を見上げた。
空には燦々と照りつく太陽。
しかしうだるようなこの暑さも、イサトにとって喜ばしいものだった。

「ちゃんと五行が巡ってる証拠だもんな」

ニッと快活に笑うと、足取り軽く駆けて行く。
今日は同じ八葉である翡翠が、皆を舟遊びに招待してくれたのである。



「イサトくん、こっちこっち!」
「おー!」

船の上で手を振る黄色の衣を纏った少女に笑みが浮かぶ。
彼女こそが京に笑顔を取り戻してくれた神子。
異なる時空から選ばれた龍神の神子・花梨だった。

「なんだよ。俺が一番最後か?」
「いや、勝真もまだだよ」

翡翠の言葉に生真面目な幼馴染の顔を思い出して、イサトは声をかければ良かったと悔やんだ。 二人のわだかまりは、花梨が解いてくれた。
今では顔を合わせても、互いに言葉を交わし笑いあえる仲になっていた。

「それにしてもお前、よく出てこれたよな」
「花梨さんが誘ってくださったんです。来ないわけには行かないでしょう?」

そう穏やかに微笑み返すのは、同じ朱雀の守護を受けていた彰紋。
東宮という遙か彼方の存在だった彼もまた、八葉の一人だった。

「海の上は気持ちいいですねー!」

「ふふ。よければずっといてくれてもいいのだよ?」

「検非違使別当として海賊がそう頻繁に出られるのは困りますよ」

眼鏡を直しながら苦言を呈す幸鷹に、翡翠が涼しい顔で微笑む。

「神子、そのように身を乗り出されては危ないかと…」
「はい、気をつけますね」

気遣う泉水に頷いて、どこまでも広がる海原を見つめた。
穏やかな波間にそよぐ風。
それらをこうして感じることが出来る今が、とても幸せだった。

「神子殿。勝真が参ったようです。泰継殿もご一緒です」
「あ、ほんとだ。勝真さーん、泰継さーん!」

鮮やかな橙色の髪の青年が手を上げ、緑の長髪の青年もかすかに顔をあげる。
京職の勝真と、安倍家の陰陽師・泰継だ。

「悪い。遅くなった」
「よし、これで揃ったな!」
「では、神子殿を広大なる海へとお連れしようか」
翡翠の合図で船が大海原へと動き出した。


京の命運をかけたあの戦いから半年。
龍神を喚んで百鬼夜行を祓った花梨は、そのまま京に残った。
瞬く光の内に身体を巡る感覚が軽くなって――失くなって。
このまま消えてしまうのだと、そう思った瞬間呼び戻した声。
その声の主の隣りにいた。

寒くないかと気遣う声に緩く首を振って。
存在を確かめるようにその胸に寄り添う。
応えるように背中に回された腕が愛しくて、花梨はそっと瞳を閉じた。

耳に届く心地良い潮騒。
輝く太陽。
溢れる仲間の笑顔に、今ここに皆が共に在る幸せを噛みしめた。
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