名前で呼んで

頼あか6

「頼久さん、もうその呼び方やめてもらえませんか?」
「はい?」

喫茶店の向かい合わせの席で、少し拗ねた口調のあかねに、頼久が身を固くする。

「ですから、“神子殿”じゃなくて名前で呼んで欲しいんです」
「はぁ……名前、ですか」
「“あかね”でいいですよ」
「そ、そんな…神子殿にそのような無礼な真似は……!」
「私はもう神子じゃないんですよ? ここではただの女子高生“元宮あかね”です」

ぴっと指を立てて力説するあかねに、頼久が困った表情を浮かべる。
頼久があかねと現代のこの世界にやってきて一ヶ月。
一応恋人になったわけなのだが、いまだに頼久はあかねのことを“神子殿”と呼んでいた。
それがなんだかよそよそしくて、まだ彼女としてではなく神子として自分を見ているようで、あかねは嫌だった。

「頼久さん、私は神子じゃなくて頼久さんの彼女ですよね?」
「え、いや、その……」
「…………」

強い眼差しを向けられて、頼久がしどろもどろになる。

「頼久さんにとって私は今でも神子でしかないんですね!」

「あ……っ!」

言うや駈け出したあかねに、頼久は慌ててテーブルに代金を置くと、店員に「釣りはいらない」と告げて後を追う。
あかねは公園の木の傍にたたずんでいた。
その表情には、悲しみが浮かんでいる。

「神子殿……」

頼久が声をかけると、はっと顔を上げ、悲しそうに見つめる。

「み……いや、あ、あ……ね」
「……え?」

一瞬言いよどんだ頼久が、“あかね”と呼ぼうとするが、どうにもうまく言えず口ごもる。
そうして見守るも、やはり口ごもって言えずにいる頼久に、あかねは深いため息を漏らす。

「はぁ~……なんだか私の方が悪いことをしているみたいですよね」
「い、いえ、神子殿……、っ……が悪いわけでは決して」

慌ててあかねを庇おうとする頼久に、あかねが苦笑を洩らす。

「じゃあ、始めは“あかね殿”でもいいですよ? いきなり呼び捨ては無理そうですし」
「そ、それならなんとか……あかね…殿」

言いながら顔を赤らめる頼久に、あかねが微笑んで抱きつく。

「み……あ、あかね殿!?」
「少しずつ慣れてくださいね?私たちはもう主と臣下じゃないんですから。私はあなたの……彼女なんですからね」
「……はい」

幸福そうな笑みを浮かべるあかねを、頼久も同じぐらい幸福そうに微笑みながらそっと抱き寄せた。
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