続いていく時間

頼あか4

「あかね、みんなでケーキバイキング行くんだけど一緒に行かない?」
HRが終わり、立ち上がったあかねにかかった友人からの誘いに、申し訳なさそうに首を振る。

「ごめんね。約束があるの」
「もしかして例の彼氏?」
「うん」
「それじゃ仕方ないよね。またね」
「うん、ごめんね」

友人たちに手を振り校門をくぐると、携帯を取り出し画面を開く。
例の彼氏とは、頼久のこと。
異世界からあかね達の住む世界に共にやってきた頼久は、龍神の力によって過去の改ざんが行われ、元からこの世界にいた者とされた。

新たに与えられた家に職業。
この世界での暮らしに困らないように、予備知識まで与えられたことには驚いたが、それでもいくらお膳立てされようと本人にはあの世界での記憶がある。
だから少しでも頼久の力になりたいと、あかねは時間が許す限り、頼久と共に過ごすようにしていた。

「今、終わりました。これからいきますね……と」

バスを待つ合間に文を入力し、メールを送信する。
これがこの世界に戻ってきてからのあかねの日常だった。

「それにしても龍神って本当にすごいよね」

過去の改ざんに記憶の植え付けだけでも驚きだったが、さらにこの世界に慣れるための時間まで用意され、今頼久は『事故にあって自宅療養中』という名目で休職していた。
もちろん、頼久が怪我をしている事実はない。
この世界で生きていくのに必要な知識も環境も用意されていたが、突然異世界からきていきなり馴染めるわけもなく、その配慮が先程の理由だった。

見知らぬ世界に来ることの不安は、あかねも十分に知っている。
それでも、あの世界でやっていけたのは、傍で藤姫や八葉が助けてくれていたから。
だから今度はあかねが頼久の力になりたいと思っていた。

バスを降りて少し歩いた先にあるのが、頼久の住むマンション。
あかねの学校からそれほど遠い距離にないため、こうして毎日のように通うことも叶っていた。
解除されたオートロックの先に進むと、チャイムを鳴らす。
程なく開かれたドアから現れたひとに、あかねはふわりと微笑んだ。

「こんにちは、頼久さん」
「こんにちは。どうぞ」
出迎えてくれた頼久は、ジーンズにカットソーというラフな姿。

「……あかね?」
「! お邪魔します」
見惚れていたことに気付き、慌てて靴を脱ぐと、頼久の部屋へあがる。

「紅茶でいいですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」

ティーポットと茶葉の缶を手にした頼久に頷くと、彼の動きを見守る。
あの世界では目にしたこともなかっただろう、それらを惑うことなく使い、お茶を用意する頼久。

「熱いので気をつけてください」
「ありがとうございます」
目の前に置かれた紅茶を手に取ると、同じく紅茶を口に運ぶ頼久を見つめた。

「紅茶は美味しいですか?」
「はい。始めは色に驚きましたが、香りも良く味わい深いと思います」
「大丈夫、ですか?」

つい問いかけてしまうのは、頼久を案ずる故。
どんなに知識としてわかっていても、今まで口にしたことのないものを口にするのは勇気がいるはず。
他だって、どんなにそれがどういうものだと『知って』いても、体感していないことが事実なのだから。

「馴染むのにはもう少し時間がかかりそうですが、幸い時間は龍神が用意してくれました。徐々に親しんでいこうと思います」
「……うん」

あかねに微笑みかける頼久の顔には、不安も戸惑いも浮かんではいない。
けれどそれが本心かはわからなくて、あかねはそっと俯いた。
共にあるために、自分の世界を捨て来てくれた頼久。
その選択を内心悔やんでいたら?
そんな不安が胸に巣食っていた。

「あかね。明日からは会う日を少なくしましょう」
「え?」
突然の言葉に頭が真っ白になる。

「どうして、ですか?」

「あなたには私と過ごすことより、他のことを大切にして欲しいからです」

「他のこと……?」

「天真から聞きました。私と会うために友人の誘いをすべて断っていると」

「あ……」

確かに頼久に会うために友人たちの誘いを断っていた。
そう、今日も。

「私がこの世界に来てからずっと、あなたは私に添って過ごしてくれました。これ以上、あなたの時間を費やさせるわけにいきません」

「私は……っ、私は……頼久さんの傍にいたい。いたいんです」

別に無理して頼久に会いに来ているわけではない。
ただ会いたいと、己の想いの向くままに彼の元を訪れていた。

「あかね」
頬に添えられた手のぬくもりに、大きく跳ね上がる鼓動。
弾かれたように顔をあげると、穏やかに微笑む頼久の顔が目に入る。

「私たちにはこの先も共に在れる時間があります。あなたがこの世界に共に来ることを、許してくださったから」

ずっと頼久の想いがわからず、不安を抱えていたあかねに頼久は乞うた。
共に行くことを許してくれるか、と。

「だから、焦る必要はないのです。あなたが学校へいる時も、友人と過ごしている時も、私はあなたのことを思っています。どんな時も、この想いは変わりません」

「頼久さん……」

「――あなたを愛しています」

告げられた言葉の意味は? 
一瞬思考が追いつかなくて、茫然と頼久を見る。

「ずっと、あなたに伝えたいと、そう思っていました」

龍神の神子たるあかねに、仕える身である自分がそのような想いを抱くこと自体許されない。
そう、ずっと自身を戒め、想いに目をそらしていた。
けれども、龍神を喚んだあかねがそのまま消えてしまうと、そう思った瞬間、想いは溢れだした。
彼女を失いたくない。誰より大切で、愛しい。

「私はまだこの地に足をつけて歩いているとは言えません。ですが、もう自分があなたに分不相応な者だと想いを封じるつもりはありません」

「頼久さん……」

「いつの日か私があなたを乞うことを……許してくれますか?」

まっすぐ見つめ、告げられた言葉に頼久の胸に飛び込む。
滲む視界に、けれども確かに共に歩く未来が見えて。
あかねはぎゅっと、頼久の服を掴んで頷いた。
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