きっと、この日の為に

頼あか3

キッチンから聞こえてくる音に、頼久は落ち着かない面持ちで一人ソファに座っていた。
今日は朝からあかねに連れられ遊園地へと行き、帰りにはスーパーに寄ったかと思うと大量の食材を買い、家に帰るやあかねがキッチンを占領してしまったのである。
すでに空は闇に包まれていた。
こちらの世界では学生であり、まだ親元にいるあかねを遅くまで留めることは出来ない。
そう思い、頼久が意を決して立ち上がった瞬間、明るい声が耳に届いた。

「出来た~!」
「あかね殿?」
呼びかけると、振り返ったあかねが笑顔で手招く。
解放されたキッチンを覗き込むと、蝋燭を立てられたケーキが目に入った。

「これは?」
「Happy Birthday! 頼久さん!!」
嬉しそうに微笑むあかねに、頼久が戸惑う。

「はぴ……?」
「あ! ……お誕生日おめでとう、って言う意味です」
「誕生日……」
あかねの言葉に、今日が自分の生まれた日であることを思い出した。

「10月9日。頼久さんの誕生日ですよね?」
「はい。確かにそうですが……」

京には誕生日を祝うという習慣がなかったために、頼久はどう反応すればよいか分からず、困ったようにあかねを見た。

「この世界では一人一人、誕生日をお祝いするんです。これはバースデーケーキ。詩紋くんに作り方教わったんですよ」

膨らんで良かった~と笑うあかねの鼻は、生クリームがついていた。

「あかね殿が作られたのですか?」
「うん! お店のみたいには綺麗じゃないけど、でも上手に出来た方なんですよ」

目の前にある白いケーキは、あかねとデートで寄った喫茶店で見たものと、そう相違なく思えた。
テーブルの上には、他にも数種類の食べ物が並べられていた。

「待たせちゃってごめんなさい。お腹空きましたよね? さ、暖かいうちに食べましょう!」

手を引かれ、椅子に腰を降ろすと、あかねが皿に取り分けて手渡す。 促されるままにそれらを箸で運んで口にした。

「どうですか?」
「美味しいです。ありがとうございます」

何度かこうしてあかねの手料理を振る舞われた頼久は、笑顔を返した。
頼久があかねと共にこの世界にやってきて半年あまり。
大好きな人の初めての誕生日だったので、想いを込めてお祝いしたかったあかねは、嬉しそうに微笑んだ。

「頼久さん、ありがとう」
「あかね殿?」
「頼久さんが生まれてきてくれたこと。そして出逢えたこと。この世界に、私の傍にいてくれること。全てに感謝の気持ちでいっぱいなんです」

眩い笑顔で継げるあかねに、頼久が口元を手で押さえて俯く。

「頼久さん?」
「……私の方こそありがとうございます」

己の未熟さゆえに兄を失い、ただ武士の役目だけを糧に生きていたあの頃。
そんな日々を変えてくれたのはあかねであり、こうして傍らで微笑み、祝福してくれることは何よりも至福であった。

「私が生まれてきたのは、あなたに会うためだったのだと……そう今は思うのです」

溢れる想いを言の葉にして、それでも足りない想いを口づけで伝える。

「頼久さん……」
潤んだ瞳のあかねに、ふと彼女の帰宅時間を思い出し、慌てて頼久は身を離した。

「あかね殿。家まで送ります」
「え?」
「もう外が暗くなっています。『門限』に間に合わなくなってしまいます」

頼久があかねのかばんを持って手を差し伸べると、ふるふると首を振って拒否をする。

「あかね殿?」
「今日は大丈夫なんです。明日はお休みだから」

そう言って真っ赤な顔で俯いたあかねに、頼久が戸惑う。
日曜日は学校が休みであると以前教えられたのだが、帰らなくても良いということではなかったはず。

「あの……」
問おうと覗き込んだ頼久の胸に、あかねが飛び込んで言葉を遮る。

「……今日は友達のところに泊まるって、そう言ってきたから大丈夫なんです」

あかねの言葉に、頼久が目を見開く。
頼久がこの世界にやってきて、この家に一人で暮らし始めてから何度となく遊びに来てはいたが、泊まったことはなかったのである。
愛しい想いを伝えるため、肌を合わせはしていたが、それでも学生で親の保護下にあるあかねは、いつも門限前に帰していた。

「いいのですか?」
「はい」

確認を取るもこくんと頷かれ、頼久は眉間にシワを寄せ黙り込む。
あかねと夜を過ごせることはこの上もなく嬉しいのだが、親に嘘をついてということがどうしても気になった。

「……あかね殿。やはり今日は帰られた方がいいと思います」
「頼久さんは私がいるの、イヤですか?」
「違います。私のせいであなたに嘘をつかせたくはないのです」

頼久の返答に、あかねは困ったように眉を八の字に下げた。

「……今日だけ、頼久さんの誕生日である今日だけだから。後はちゃんと守るから。だから今日だけは一緒にいさせてください」

強い意思を込めて見上げるあかねに、頼久が口ごもる。
あかねがこうと決めたことは決して覆さないことは、八葉として共に過ごしてきた頃から身にしみて知っていた。

「わかりました」
頼久の了承に、あかねがぱあっと顔を輝かせる。

「良かった! あ、ご飯冷めちゃいましたね。温め直します」
「その前に……」
くるりと身を翻しかけたあかねの手を取ると、鼻の頭についていた生クリームを舌ですくう。

「…………っ」
「『くりいむ』がついてました」
真っ赤な顔で口をパクパクさせているあかねに、頼久は苦笑した。

「ありがとうございます」

自分を選んでくれたこと、そして今自分の傍にいてくれること。
それら全てをこめて、礼を述べる。

「わたしも……ね?」
「はい」
「頼久さんに会うためにあの世界に行ったんじゃないかなぁって……今はそう思うんです」

腕の中で照れくさそうに微笑むあかねに、頼久は愛しげにもう一度口づけを落とした。
長い口づけの後に、あかねはもう一度言祝ぎを贈る。

「Happy Birthday頼久さん。大好きです」
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