世界の色が変わった日

頼あか2

「満開ですね! すっごく綺麗!」
次から次へと舞い降りる薄紅の花弁の中を、嬉しそうに笑うあかねの姿に頼久は目を細めた。
美しき花の中に埋もれることなく、彼の愛するその人は輝きを放っていた。

「ええ……美しいですね」

漏れた呟きは、花へというよりはそこに佇む女性に対してのもの。
しかし、そんな頼久の思いに気づかないあかねは、満面の笑みで頷き返した。

ここ墨染は、頼久にとってかつては己の愚かさを悔やむ場所だった。
しかし今は、自らの身を挺し、守ってくれた兄に感謝し、そんな兄に武士として精進することを誓う場へと変わっていた。
そう――目の前にいる天より舞い降りし少女・あかねが変えてくれたのだった。

「――このような穏やかな気持ちでこの桜を見れるようになったのは、あかねのおかげです」
「お兄さんのこと、思い出したんですか?」

頼久を気遣うように、表情を曇らせたあかねに頷き微笑んだ。

「はい。かつてこの桜を見ることは、己の未熟さを思い知らされるばかりでしたが、今は兄の笑顔を思い出せるのです」

苦しかった記憶に埋もれ、幼少の頃の暖かな思い出さえも、ただ悔恨の念を引き出す要因でしかなかった。
だが今は、瞼に浮かぶ穏やかな兄の笑顔は、自分を祝しているように感じられた。

「頼久さんのお兄さん、すっごく頼久さんのことを大切に思ってましたよね」
四方の札を集めていた時、かつて夢で会ったことのあるあかねは、頼久の兄の姿を思い出し目を細めた。

「はい。兄は私を慈しみ、武士としての心構えを教えてくれました。だからこそ、いつか兄に胸を張って会える私でありたいと思うのです」

「うん。頼久さんなら大丈夫。お兄さんも喜んでくれてると思います」

にこりと笑うあかねに、頼久の顔にも自然と笑みが浮かぶ。
頼久の凍った時間を動かしてくれた愛しい人。
本来ならば隣りに在ることなど叶わぬ尊き人。
その人とこうして共に桜を見ること。
そして奥方と、そう呼べることが何よりも幸せだった。

胸から溢れ出る想いに、傍らのあかねを抱き寄せる。
抗うことなく、腕の中にすんなりおさまった華奢な身体。
そっと胸へともたれかかる重みがとても幸せで、目を閉じて、空を振り仰ぐ。

(兄上……あなたが守って下さったこの命、生涯をかけてこの方を守るために使うと誓います)

心の中で誓い、瞳を開けると、映ったのは優しく舞い落ちる花弁。
一つ、二つと、頼久を祝すかのように、桜は優しく降り注ぐ。
痛みをもたらしていたかつての花は、今、頼久の中で祝すものへと変わったのだった。
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