「お帰りなさいませ」
「おや? 私の白雪の姿が見えないようだが、どうしたのかな?」
「それが……」
出仕より戻った友雅の問いに、女房は顔を曇らせた。
「あかね」
部屋に現れた友雅に、あかねは床の中から力なく微笑んだ。
「……まだ熱は高いようだね」
「……ごめんなさい。風邪……ひいたみたいで」
額に手を置き熱を確かめると、ぬるくなった布を傍らの水桶に浸して固く絞る。
じっとしていることが苦手なあかねが、浅い呼吸を繰り返しながら床に伏せている姿に、知らず眉が寄る。
鬼との戦いに決着をつけ、あかねがこの世界に残って二ヶ月余り。
季節は夏から秋へと移り変わり、朝夕と日中との気温の差が目立つようになっていた。
「食欲もないと女房に聞いたよ。だが何か口にしなくては」
「ん~……それじゃ……果物がいいです」
あかねの返答に、友雅はぱちりと扇を閉じて指示を与える。
そうして身体を傾けると、ゆっくりと隣りに横たえた。
「友雅さん?」
「君は本当に我慢強いね。だけどこんな時ぐらい甘えてくれてもいいんだよ」
頬を撫でると、困ったように眉が歪み。
そ……っと小さな掌が、友雅に差し出される。
「…手……握ってもらえますか? 安心……できるから……」
「お安い御用だよ」
微笑み手を包み込むと、喜ぶ姿が愛しくて。
熱をはらんだ手を、痛くないよう握りしめる。
「友雅さん……暖かい……」
「そうかい?」
「最近寒くて……あまりよく眠れなくて……」
初めて知った事実に、友雅は眉をしかめるとそっと額を撫でた。
「それなら毎夜こうして共に寝ようか。そうすればあかねが一人寒さに震えて、風邪を召すこともないだろう」
「ふふ……それもいいかも……」
初心なあかねを気遣い、寝室を別にしていたことが災いしたことを知っての提案に返る肯定。
普段は恥ずかしがるばかりだが、案外これが本音なのかもしれないと、自分の浅はかさを悔やむ。
「では今日から共に寝ることにしようか」
「あ……今日はだめですよ。友雅さんに移っちゃう……」
「君からもらうものならば病でも私は嬉しいんだよ」
「だめですってば……」
うつらうつらとしてきたあかねに、そっと頭を撫でて眠りへ誘う。
「今はゆっくりとおやすみ。そして明日には元気な笑顔を見せておくれ」
「…はい……」
閉じられた瞼に続く寝息。
その寝顔が安らいでいることにほっとして、果物を運んできた女房に眠ったことを告げる。
あかねが生まれた世界とは、あらゆるものが異なるこの世界。
あまり口にすることはないが、きっと不便を感じることは少なくないだろう。
「それでも……私はもう君を手放せない……」
だからこうして抱きしめよう。
あかねが一人凍えることがないように。
寂しさに袖を濡らすことがないよう。