月を抱く

友あか3

――月が昇る。
手を伸ばしても、決して届くことなく。
どんなに恋い焦がれようとも、ただそれは愚かなる男と見下ろすだけだから。

* *

清廉なる光が降り注ぐ。
やがてそれは、人の形を為していく。

「あかね……!?」

銀の光に包まれているのは、八葉として友雅が仕え、今は彼の奥方となったあかね。
あかねはそこに友雅がいることなど知らないように遠くを見つめる。
翡翠の瞳が宿す光に、ざわりと恐怖が湧きあがる。

「あかね!」
手を伸ばすけれども、その手は届かない。
遥か遠い桃源郷の月のように、淡い光に包まれると、彼女の姿は掻き消えた。

* *

「――――っ!」
飛び起きた友雅の上から衣が落ちる。
額にじんわりと浮かぶ汗。
言いようのない恐怖に粟立つ身体に、友雅はハッと傍らを振り返った。

「…………」

穏やかな寝息。
彼の愛する少女は、そこにいた。
震える手を伸ばして、そっと頬に指を添える。
あかねはここにいる。
それを確かめて、知らず詰めていた息を大きく吐き出す。
全身に浮かぶ冷や汗は、どれだけの恐怖を友雅が感じていたのかを物語っていた。
夢なのだと、確かめてもなお止まらぬ震え。
手に入れた月が再び届かぬものになってしまうのではないか。
そんな恐怖を、今見た夢は友雅に与えた。

「……ふふ…」

こぼれる笑み。
それは己を嘲笑うもの。

「私が夢に震えるなんて、ね……」

恋に狂った者のように、怖れおののく心。
それは失った情熱を取り戻した故に得た恐怖だった。
以前の友雅なら、そんな様を見下しただろう。
恋で己を滅ぼすなど、考えられなかったから。
しかし今は―――。

「……友雅さん……?」
重い瞼を開けて、あかねがぼんやりと友雅を映す。

「なんでもないよ」

そっと髪を梳くように撫でれば、少女はすぐに眠りに落ちる。
掌に伝わる暖かなぬくもり。
今ここに、彼女は確かにここにあるのだと安堵する。
今夜はもう眠れそうにないな、と酒を取りに行こうとするが、思い直し寝床に戻る。
隣りに身を横たえて、そっと腕を伸ばすと、ぬくもりを求めるように小さな身体がすり寄ってきた。

「まるで幼子のようだね」

呟きは無邪気に眠るあかねにか、己にか。
こぼれ落ちる髪を掻きあげ、外を見る。
格子戸の下ろされた室内からは、空は見えず。
夢のように月が昇っているのかはわからなかった。

「いや……見えなくてよかったのかな」

友雅が望むのは、空に浮かぶ月ではない。
傍らで眠る暖かな少女なのだから。


月へと帰った竹取りの姫。
しかし友雅は、もう一人の月の姫を帰すつもりはなかった。
否、帰せるはずもなかった。

「私の白雪。どうか君は、私を置いて彼の世界に戻るような、そんな残酷な仕打ちはしないでおくれ」

竹取りの姫を渡さんと、多くのものが守ろうとしたように、友雅もまた剣を持ち抗うだろう。
彼女のいない世界など、考えることはできないのだから。
ただ一人、焦がれ求める少女を腕に抱きながら、友雅は眠れぬ夜を過ごした。
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