「本当に男は釣った魚に餌をやらなくなるんだから!」
そう怒りながら告げた友達に、ゆきは目を丸くした。
「どういう意味?」
「付き合うまでは好きだとか散々甘いことを言ってたのに、今じゃ何でも当たり前だと思って感謝の一つもしないのよ。頭にくるったらないわよ」
「そう、なの?」
「そうなの! ゆきも彼氏いるんでしょ? そうじゃない?」
友達に矛先を向けられて、ゆきは桜智のことを想い浮かべた。
昔と違って……?
「桜智さんは変わらないよ」
「うそ」
「ううん。ずっと、優しくてあたたかい人」
ゆきが微笑み告げると、友達ははぁ、と肩を落としてテーブルのカップを手に取る。
「いいなぁ。ゆきの彼って素敵な人だね」
「うん」
「のろけられて羨ましいよ。そんな彼氏なんて本当に貴重よ? いいなあ」
そう、大きなため息をついていた友達のことを、帰ったゆきは桜智に話した。
「彼氏……ゆきちゃんの彼氏……ああ、なんて甘美な響きなんだろう……」
「どうして彼女が魚で、餌をあげなくなるのかな?」
友達のたとえをいまいち理解できていないゆきに、桜智は少し考え、微笑んだ。
「きっとゆきちゃんの友達はもっと沢山愛されたいんじゃないかな」
「沢山愛されたい?」
「ゆきちゃんの友達は彼のことが大好きで、いっぱい想いを伝えてる。けれども彼はゆきちゃんの友達が望むほどには応えてくれなくて……それが寂しいんじゃないかな」
桜智の言葉を自分の中で咀嚼すると、ようやくゆきは納得した。
彼女の怒りは寂しいから。
彼をきっと、とても愛しているからなのだろう。
「桜智さんはすごいね。桜智さんのおかげで彼女が何を伝えたかったのか、ちゃんとわかった」
「ゆきちゃんがゆきちゃんの友達を理解したいと、そう思ったからわかったんだよ」
「ううん。桜智さんが教えてくれなかったらきっと、私は彼女が何を思っていたのか、十分にわかってあげられなかったから。だから桜智さん、ありがとう」
ふわり、と柔らかな微笑みに、桜智は眩暈に似た喜びを感じた。
「ゆきちゃんの役に立てたのなら……嬉しいよ」
「私も、改めて桜智さんがとても素敵な人だってわかって嬉しかった」
「ゆきちゃん……」
ゆきの手をとって、彼女の世界にやってきた桜智。
彼のいた世界とは何もかもが違うこの世界に戸惑うことも多かっただろう、それでも桜智は一度も苦しいと口にしたことはなく、いつでもゆきに微笑みを向けてくれていた。
惜しむことなく注がれる愛情が、ゆきをずっと包み込んでくれていた。
「私、桜智さんに会えて本当に良かった」
「そんな……私の方こそ君に出会えてこのうえもなく幸福だよ……」
舞い降りた清らかな天女は、鬼の末裔である桜智にも分け隔てなく接し、桜智の世界に色を与え、幸福を与えてくれた。
それだけでももう、桜智の一生分の幸福を与えてくれたというのに、彼女はさらにその手をとってその先を共に歩く未来を与えてくれた。
「私も幸せ。だから、桜智さんともっと沢山の幸せを作りたい。桜智さんが大好きだから」
「大好き……!」
ゆきの言葉に今度こそ眩暈を起こしよろめくと、慌てて差し伸べられる腕に頬を赤らめて。
彼女が傍にいる以上幸せなことはないと、最上の幸福に身を浸している己の過福に桜智は心より龍神に感謝した。