「映画? 桜智と?」
「うん」
いつものように蓮水家に来ていた都は、ゆきの言葉に一瞬顔をしかめた……が。
「ああ、そういえばその映画、私もみたいと思ってたんだよな。一緒に行ってもいいか?」
「え?」
「もうチケット予約はすんでるのか?」
「ううん。当日映画館で買おうと思って」
「あーそれだと希望の時間に観れないぞ。私がまとめて取ってやるよ」
「なになに? おねえちゃんと都姉、映画観に行くの? 何の映画?」
「これだよ。祟も行くか?」
「えー。それよりこっちの方がよくない?」
「SFか……まあ、これよりその方が安全かな」
「都?」
「なんでもない。この映画は桜智の希望なのか?」
「ううん。桜智さんは私が観たいものに合わせるって言ってくれて」
「こっちの方が絶対面白いって。ねえ、おねえちゃん。こっちにしようよ。ね?」
「でも……」
「祟……我が儘を言うな。観たいのなら一人でいけばいいだろう」
「えー男一人で映画なんて寂しくて嫌じゃん。おねえちゃん、いいでしょ?」
「……うん。桜智さんに聞いてみるね」
昔から祟に甘いゆきが頷くのを見て、内心ほくそ笑む都と祟。
「お前たち……」
「だって、瞬兄は気にならないの? おねえちゃんと桜智さんのデート」
「………………」
「気になるなら素直に認めろよ、まったく」
「お前たちのようにあからさまに邪魔する気がないだけだ」
「じゃあ、瞬兄は一緒に行かないの?」
「………………」
「素直じゃないなぁ」
相変わらずの鉄面皮に呆れていると、電話を終えたゆきが三人を振り返る。
「桜智さん、大丈夫だって」
「じゃあ決まりだね。都姉」
「よし。5人分チケット予約完了、と」
「え? 5人分……って、瞬兄もこの映画観たかったの?」
「………はい」
「皆で出かけるの、久しぶりだね! 楽しみだね、おねえちゃん!」
「うん」
都と祟の策略にはまり、いつの間にかお邪魔虫付きのデートになってしまったことに気づかず微笑むゆきに、瞬がため息をつく。
「瞬兄? どうかした?」
「……いえ」
本来ならば男として桜智に同情すべきところなのだろうが、ここにいるのは鉄壁のガードで純粋に育ったゆきを溺愛する過保護な保護者ばかり。
こうして大人しく馬に蹴られることのない面々との複雑デートが決まったのだった。
そうして迎えたデート当日。
「あ、映画と言ったらやっぱりポップコーンは必須だよね。瞬兄」
「……自分で買え」
「えーここはやっぱり年長者がびしっと人数分買ってくれるもんだよね」
「私はアイスコーヒーな。ゆきはアイスミルクティー?」
「え……と、うん。桜智さんは? 飲み物何がいい?」
「え……私は別に……」
「だったらコーラでいいんじゃない? ポップコーンにコーラは王道だし」
「じゃあ任せた。私たちは先に席に座ってよう。あ、瞬一人じゃ持てないだろうから、桜智ついていってやれよ」
「私も手伝うね」
「あーいい、いい。男3人もいるんだから」
「えー僕も?」
「お前行かないとたぶんポップコーンはないぞ」
「都姉はいっつもおいしいとこもってくんだから」
ブツブツと文句を言いつつ店に向かう祟に、困ったようにゆきを見る桜智。
「桜智さん、お願いしてもいい?」
「もちろんだよ……」
「ありがとう」
「………………」
へにゃりと相好を崩す桜智に眉をしかめて、瞬は売店へと歩いて行った。
そうして飲み物やら食べ物やらを買って席に向かうと、ゆきの隣りは都と祟にとられ、なぜか瞬と隣の席に座ることになった桜智は、映画もそこそこにゆきを見てばかりいた。
「桜智さん? つまらない?」
「ううん……そんなことはないよ……」
「上映中はおしゃべり禁止」
「ごめん、都」
桜智の様子に気がついたゆきが心配するも、しっと注意され口をつぐみ。
結局ほとんど集中できずにいた桜智、気づけば映画は終わっていた。
「うーん面白かった! 映画なんて久しぶりだよね」
「だな。やっぱり映画館で見ると迫力が違うよな」
「うん」
「この後どうする? お昼食べる?」
「お前、ポップコーン食べてまだ食べるのか?」
「だってもうお昼すぎてるじゃん。ねえ、お姉ちゃんは何食べたい?」
「え? 私は……」
「そういえばこのへんに美味しい店があるって雑誌にのってなかったか?」
「あ……この前、一緒に行きたいねって言ってたお店?」
「何の店?」
「パスタ」
「検索してみる? 都姉、店の名前わかる?」
スマホを手に二人で店を調べ始めた都と祟に、桜智はそっとゆきの手を引いた。
「桜智さ……」
どうしたの?
そう問おうとして一瞬景色がぶれて。
気づくと、先程までいた場所とは違う所に立っていた。
「え? ここ?」
「ごめんね……突然……」
「もしかして瞬間移動したの?」
桜智を見ると、困ったように眉を下げた。
「その……ゆきちゃんと二人になりたくて……」
「でも急に消えたら都たち、きっと心配してると思うの」
「そう、だね……ごめんね……元の場所に戻るね」
「待って」
悲しげな桜智に、ゆきはバッグから携帯電話を取り出すと、メモリから瞬の番号を呼び出した。
「……あ、瞬兄? ……うん、ごめんなさい。あの、私、桜智さんと出かけたいところがあるの。うん……うん。ごめんなさい……うん、わかった。祟くんと都にごめんねって伝えて?」
瞬の後ろから聞こえる祟と都に謝って、ゆきは桜智に向き直った。
「ゆきちゃん?」
「瞬兄に連絡したからもう大丈夫だから。桜智さん、行きたいところがあるんでしょ?」
「いや……ごめん……。今日、会ってからずっとゆきちゃんとゆっくり話す時間がなかったから……」
本来はゆきと二人でのデートだったはずが、なぜか瞬に都・祟まで一緒になっていて。
それでもゆきが喜ぶならばと耐えてはいたのだが……どうしても寂しさに勝てず、気づけば彼女一人を連れ出してしまっていた。
「出かけたいところがあるわけじゃないんだ……ごめんね……ただ、ゆきちゃんと二人きりになりたくて……」
「謝らないで。……私も、桜智さんと二人きりになりたかったから」
ほんのり頬を染めて視線をずらすゆきに、愛おしさがこみあげてそっとその身を抱き寄せた。
「桜智さん、仕事が忙しかったでしょ?
……少し、寂しかったの」
「ゆきちゃん……ごめんね……」
「ううん。仕事だもの。私こそ、わがまま言ってごめんなさい」
「全然……嬉しいよ……」
「え?」
「ゆきちゃんが私に会えなくて寂しいと思っていてくれたことが……嬉しいから……その……私も寂しいと、そう思っていたから……」
会えない日々を寂しく思っていたのが自分だけではないのだと、そのことが嬉しくて、腕の中にゆきがいることが幸せで、桜智の胸の内が暖かくなる。
「もしよかったら……会えなかった間、ゆきちゃんが何をしていたかを教えてくれるかい……?」
「うん」
そっと離れると指を絡めて。
二人肩を並べて歩く。
手を繋ぐ……そんな些細なことが嬉しくて、幸せで。
自然とほころぶ顔を見合わせて、桜智とゆきは微笑みあった。
【その後のお邪魔虫たち】
「なんで居場所聞かなかったんだよ、瞬!」
「そうだよ。せっかく今日は二人きりにするの、邪魔しようと思ってたのに」
「あ! チケット代請求し損ねた。くそ……っ、あとで請求書送りつけてやる!」
「…………………」
二人分の抗議を受け流すと、瞬は踵を返し帰路につく。
決して桜智を認めたわけではないが、それでも願うのはゆきの幸せ。
ちらりと時間を確認して、そっと一人胸の内で呟く。
(帰宅時間オーバーは認めないからな……)