君が好き

桜ゆき5

「後はオーブンで焼くだけ……」
微笑むと、温めておいたオーブンへ型に流し込んだ生地を入れる。
と、リビングから電話のベル。

「はい、蓮水です。……桜智さん?」
『こんにちは、ゆきちゃん。あの……よければこれから会えないかな……』

電話の向こうからの誘いに、しかしゆきは顔を曇らせた。
目線の先にはオーブン。
実は明日の桜智の誕生日に向け、贈り物にとこっそりケーキを焼いていたのである。

「ごめんなさい、桜智さん。今日はちょっと……」

今日中に焼いてしまわなければ、明日一番に届けることは出来ない。
そう思い断ると、桜智は逆に急な誘いだったことを詫びてくれた。
そんな桜智に申し訳ないと思いつつも、サプライズで渡したいと黙々とケーキ作りに励むゆき。


一方、桜智はというと―――。
「……はぁ………」
切なげにため息を吐くと、そっと手にしていた携帯を置く。
いつでもゆきの傍にいたい。
しかし、その願いは叶えられず、ゆきは学校、桜智は仕事と、ゆきの世界にやってきてから二人が共にいられる時間はごくわずかに限られていた。

「……まさか………」

頭によぎった最悪な想像に、桜智はもう一度携帯を手に取るとダイヤルを押す。
十数回もの呼び出しの後、嫌そうに応じる声に桜智は構わずたたみかけた。

「もしかして……私はゆきちゃんに嫌われたんだろうか……?」

『はぁ? ……まさかお前、ゆきに何かしたんじゃないだろうな!?』

都の怒鳴り声に、桜智は最近の出来事を思い巡らすが、思い当たる事柄はない。

『……っていうか、お前、愛想つかされたんじゃないのか?』
「………っ!」

息を呑むと、電話からはふふんと嘲笑う声。
最悪の予想が現実のものとなり、桜智はがっくりとうなだれた。
夕食も喉を通らず、夜も眠れずに過ごした翌日。
来客を告げる呼び鈴に、気だるげに身を起こしてインターホンを覗くと、そこには愛する少女の姿が!

「おはよう、桜智さん」
『…………』
笑顔で挨拶するも、しかし桜智の返答はなく。

「桜智さん?」
いつもならすぐにドアを開け、笑顔で出迎えてくれるというのに、今日は一向にその気配がない。

「もしかしてお仕事……?」
ケーキを作ることに夢中で、約束を取りつけていなかったことを思い出し、ゆきは顔を曇らせた。 ――と、ドアの向こうでわずかに物音が。

「桜智さん、ゆきです。いますか?」
しんと静まったドアの向こうに、しかしゆきは人の気配を感じていた。

(そういえば昔、同じようなことがあった……?)
ふとよぎった懐かしさに、記憶を遡る。
そういえば祇園でも同じような遣り取りがなかっただろうか?

「桜智さん、会いたいの。会えないのはとても寂しい」

驚かせたかったとはいえ、昨日は桜智の誘いを断ってしまった。
そのことで彼を傷つけてしまったのではないかと、ゆきは悲しげに俯いた。
――がちゃり。
鍵の開いた音に顔を上げると、そこには困った顔の桜智。

「桜智さん……ありがとう、出てきてくれて」
「…………」
ほっと微笑むも、桜智は気まずそうに目をそらす。

「昨日はごめんなさい……。せっかく桜智さんが誘ってくれたのに……」

「…………」

「私、桜智さんを驚かせたくて……」

「……私を……驚かせる?」
不思議そうに見つめる桜智に頷いて、後ろ手に隠していた袋を差し出す。


「これは……?」

「今日は桜智さんの誕生日でしょう? だから、ケーキを贈りたかったの」

「……もしかして……ゆきちゃんが作ってくれたのかい?」
「うん、桜智さんに食べて欲しくて」
にこやかに微笑むゆきに、目頭が熱くなる。


「桜智さん?」

「……私は……君に嫌われたんじゃないかと……だから……」

「桜智さんを嫌いになんてならないよ。大好きだもの」

「ゆきちゃん……!」

はにかむ笑顔に感動がこみ上げて、桜智は慌てて部屋の奥へと駆け出し日記帳にペンを走らせる。
そうしてようやく向き合った二人は、ゆきの手作りケーキでささやかな誕生日パーティをするのだった。
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