「どうしよう……」
腕時計を見ながら、ゆきは困ったように眉を下げる。
桜智と待ち合わせた時間はとっくに過ぎていた。
出がけに忘れ物を思い出したり、都に会ったりといつも待ち合わせに遅れてしまっていたゆき。
今日こそはと早目に家を出たのだが、途中で道に迷っているおばあさんに会い、そのまま放っておけずに案内していたのである。
「桜智さんは……」
息を整えつつきょろきょろと辺りを見渡すと、前方に群がる女性たちの姿。
「なんだろう? 有名人でもいるのかな?」
小首を傾げつつも人垣に近寄ってみると、彼女たちの視線を集めていたのは、ゆきの待ち合わせ人である桜智だった。
「あの人、素敵よね~。ハーフ?」
「物憂げな様子が何とも色っぽくて……はぁ……」
ため息混じりの黄色い声に、以前にも同じようなことがあったことを思い出す。
「桜智さんってやっぱりもてるのね」
時空を隔てた異世界でも、やはり桜智は女性に人気だった。
――相変わらず本人は全く気づいていないのだが。
周りの熱気に圧倒されていると、何気なくこちらを向いた桜智の顔がぱあっと輝いた。
「ゆきちゃん……!」
早足で歩み寄ると、ほっと安堵の吐息をつく。
「……よかった……もし君が事故にあっていたらと思うと……すぐにでも探しに行きたい……でももしすれ違ってしまったらと……」
「ごめんなさい。道に迷っていたおばあさんを案内していたら遅れてしまって……」
「ああ……君はなんて優しい子なんだ……」
ゆきの謝罪に、桜智は感激するとノートを取り出す。
それは桜智が必ず持ち歩いている、彼の日記帳だった。
「いつも待たせてしまってごめんなさい、桜智さん……」
「いいんだよ。君にこうして会えれば……私はそれだけで……」
ふわりと微笑む桜智に、しかしゆきはううん、と首を振る。
「だめ。いつも桜智さんを不安にさせてしまってるもの」
ゆきが遅れる度に、事故にあったのではないか、事件に巻き込まれてはいないかと、桜智が気をもんでいることをゆきは知っていた。
だけど時間に余裕をもたせても、なぜかいつも不測の事態に遭遇してしまい、結局遅刻してしまうのである。
「どうすれば桜智さんを待たせないですむのかな……」
胸の前で手を重ね合わせて悩むゆき。
それは彼女が考える時の癖で。
憂い顔も可愛いと、桜智は呆と見惚れていた。
自分のためにゆきが悩んでくれる。
それだけでもう、十分桜智は幸せだった。
「そうだ。私が桜智さんを迎えに行けば……」
ゆきの家からそう遠くないところに住んでいる桜智。
直接彼のマンションに行けば、こうしてずっと外で待たせることもない。
そう気づき、ゆきは嬉しそうに桜智を振り返った。
「桜智さん。次からは私が桜智さんのお家まで迎えに行くね。そうしたらずっと外で待たせないですむでしょう?」
「ゆ、ゆきちゃんが……私の……家に……?」
驚いたように目を見開くと、次の瞬間夢見るように空を仰いだ。
「ああ……ゆきちゃんが私の家になんて……夢のようだ……」
「そういえばまだ桜智さんのお家には行ったことがなかったものね」
楽しみ、と微笑むと、桜智が頬を染めて髪を掻きあげた。
「わ、私の家でよかったら……いつでも………いっそ一緒に住んでも……」
「え?」
「! な、なんでもないよ……」
舞い上がる桜智に、聞き逃したゆきは小首を傾げた。
* *
とりあえずと入った喫茶店で、ゆきは改めて桜智を見つめた。
「ゆきちゃん……?」
「桜智さんって綺麗だなぁって思ってたの」
「?」
自分の容姿に全く興味のない桜智は、不思議そうにゆきを見返す。
「あの世界でも桜智さん、女の人にすごく人気があったでしょ? さっきも沢山の女の人たちが桜智さんに見惚れてたから」
「ああ……。私よりも……ゆきちゃんの方がずっと……綺麗だよ」
「ありがとう、桜智さん」
根が素直なゆきは、褒め言葉に礼を告げると、桜智の顔が一気にとろける。
桜智が幸せそうに微笑んでくれる。
そのことが何よりもゆきは嬉しかった。
鬼ということで幼い頃から酷い迫害を受けていた桜智。
それでも人を恨まず、自分に石を投げかけた子供を赦すことのできる桜智の優しさが大好きだった。
「この後だけど……今日も私の好きな場所でいいの?」
「ああ。ゆきちゃんが好きな場所に共に行き……その場を共有できたら……ああ、なんて幸せなんだろう……!」
「桜智さんったら」
陶酔している桜智に微笑むと、その手を取って歩いていく。
これからもずっと、二人でいよう。
喜びや楽しみをずっと分け合っていきたいから。
――大切なあなたと共に。