君に安らかな眠りを

桜ゆき2

不意に襲う眩暈。
それは白龍の力を使う度に命が削られる代償。
だから、ゆきは皆に気づかれぬよう、不調を隠してきた。
しかしそんなゆきの異変に気づき、いつも真っ先に気遣うのは桜智だった。

「……大丈夫? ゆきちゃん…」
「うん。もう落ち着いたから」
「今日はもう予定もないし……少し横になるといいよ」
桜智の勧めに、いつかの光景が蘇り顔が強張る。

「……ゆきちゃん?」
「……大丈……夫」
「ゆきちゃん……」

青い顔でそれでも首を振るゆきに、諭すような桜智の声。
その何もかもわかっている落ち着いた声に、ゆきはそっと震える手を握った。

「……ごめんなさい。ちょっと怖くなっただけなの」
「怖い……?」
「うん」
一緒に寝ころんだ彼の呼吸がとまって。
眠るように逝ってしまった桜智。
あの日からゆきは眠ることが怖くなっていた。

「……ゆきちゃん。抱きしめても……いいかい?」
以前と同じく、優しい腕がそっとゆきを抱き寄せる。

「……君が怖くないように……少しでも安らげるように」
「桜智さん……」
身体を包むぬくもりに、頬から伝わる鼓動に安心して。
ゆっくりと瞼が重くなる。

「大丈夫だから……私はずっと君の傍にいるから……だから眠って……」
「うん……」
子守唄のように優しく紡がれる声が、ゆきを眠りへと誘っていく。

不意に目を覚まして、桜智の鼓動を確認して。
安心して再び目をつむる。
それを繰り返すうちに、いつしかゆきは再び眠れるようになっていた。
――ただし、桜智の腕の中限定で。

「……おい! どうしていつもお前がゆきと一緒に寝てるんだよ!?」

「それは……ゆきちゃんが安心して眠れるように……」

「私、桜智さんが傍にいないと眠れないの」

恥ずかしそうに頬を染めるゆきに、反論を封じられた都が地団駄を踏む。

「まぁ、桜智は純粋にゆきくんを心配してのことだろうけど。本当に得な性格だよね」

「ああ。あれだけ毎晩一緒にいながら、お嬢に口づけ一つしてないぜ、きっと」


* * * ED後・現代にて * * *

「桜智さん、どうしたのそれ?」
「安眠できるとあったから……あの……よければゆきちゃんに……」
桜智が抱えているのは、手一杯の安眠グッズ。 アロマオイルにCD、はては安眠枕まで。

「……ゆき、本当にこいつでいいのか?」
うんざり顔の都に、しかし当のゆきはにこり笑顔で礼を言う。

「ありがとう、桜智さん」

「ゆ、ゆきちゃん……!」

「でもね……? 私は桜智さんがいてくれたら眠れるから……」

「そ、それは……もしかしてプロポーズ……!」

「いや、違うから」
一人妄想の世界に旅立つ桜智をばっさり切ると、都は心底嫌そうに深々とため息をついて一人先に帰るのだった。
Index Menu ←Back Next→