「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。こうして君に誕生日を祝ってもらうのも4度目だね」
「そうですね」
小松がゆきの世界にやってきて4年。
いまや彼は名だたる会社の社長。
そんな小松が誕生日の贈り物にねだるのは、いつも決まって『ゆきとの時間』。
だから今日も朝からこうして共に過ごしていた。
「帯刀さん、どこか出かけたいところはありますか?」
「出かけたいところはないけど、欲しいものならあるよ」
「? 欲しいもの、ですか?」
「そう」
珍しい要求に小首を傾げると、ゆきは改まって小松を見る。
「私があげられるものだったら用意します」
「君にしか用意できないものだよ」
「私だけ?」
今までゆきがねだられたのは、料理に手編みのマフラー。
それらはゆきが得意としているものであったり、初めて挑戦するものであったから、今度はなんだろうと不思議そうに彼を見る。
「君だよ」
「え?」
「今年、君は20歳になった。法的には成人したとみなされる年……そうだね?」
「はい」
「私が欲しいものは私の伴侶となった君。
……ゆきくん、手を出して」
促されるままに右手を差し出すと「反対の手」と言われ、慌てて左手にかえる。
恭しく取られた手に飾られたのは、華奢な美しいプラチナのリング。
「挙式は君が短大を卒業するまで待つよ。けれどその前に、約束を交わしたくてね」
「約束……」
「そう。君が私と婚姻を結ぶという約束。これはその証だよ」
愛しげにリングがはめられた指をなぞる手に、ゆきの顔に笑みが広がる。
「私は帯刀さんが好きです」
「私もゆきくんが好きだよ。だから私とこの先の未来を共に歩んでもらえる?」
「はい。ずっと、帯刀さんと一緒にいたいです」
「婚約成立、だね」
「はい」
微笑むゆきにその手をとると、恭しく薬指に口づける。
「私を選んだことを君がこの先後悔することがないことを約束するよ」
「後悔なんてしないです」
「……っ、君って子は……」
「帯刀さん?」
「いいから。黙って抱かれてて」
「? はい」
赤らんだ顔を隠すように抱き寄せれば、嫌がることなくその腕におさまるゆき。
変わらぬ無垢さに翻弄されるのは、いつも小松だった。
「今度君のご両親に改めて結婚の意思を伝えたいから、都合を聞いてもらえる?」
「わかりました」
「……ゆきくん、君、本当に私が言ってることわかってる?」
「はい。私が短大を卒業したら結婚する約束……つまりプロポーズですよね?」
あまりに素直な様に理解が追いついているか一抹の不安がよぎり尋ねると、もちろんですと答えが返る。
頭の回転は決して悪くはないのだが、天然なところのあるゆきについ確認してしまったのだ。
「……プロポーズ、嬉しかったです」
「……っ、そ、そう」
「あ、でも、これだと帯刀さんのプレゼントになってません」
「そんなことないよ。君から君の伴侶になる権利を貰ったからね」
「……それは、私も同じです」
「そう。だったら何も問題ないね」
「そう、でしょうか」
「うん」
腑に落ちない、という様のゆきに、しかし小松は決してこれが贈り物に値しないとは思わなかった。
この先の未来を共にする約束……それに勝るものなどありはしないだろう。
「ああ、【結婚指輪】はまた改めて贈るから、その【婚約指輪】はしまったりせずにいつでも嵌めておくこと。いいね?」
「はい。わかりました」
「いい子だね」
先手を打つことを忘れないと、素直に頷くゆきに微笑んで。このうえない幸福な誕生日に身を浸すのだった。