嫉妬

チナゆき3

「あいつはどこに行ったんだ?」

いくつかの本を持って机に戻るとゆきの姿が見当たらず、チナミは図書館の中を捜しまわる。
ようやく見つけたのは図書館の奥ばった場所で、彼女の前には見知らぬ男がいて。
その男がゆきの手を掴んでいることに気づくと、カッとチナミは二人の間に割って入った。

「こいつに何の用だ?」
「な、何だよお前」
「俺はこいつのか……彼氏、だっ」
「彼氏?」
「チナミくん」

ほっとしたようにチナミを見つめるゆきに、改めて男を見ると眉をしかめた。

「腕を放してもらえるか?」
「…………っ、なんだよ、男いたのかよ」

チナミの鋭い視線に臆したのか、男はパッとゆきの腕を放すと、バツが悪そうに立ち去っていった。


「チナミくん、ありがとう」

「……っ、お前はどうしてそうやって誰にでもホイホイついていくんだ!」

「別に、今の人はわからない本があるから教えて欲しいって……」

「そんなのは図書館の者に聞けばいいことで、お前が教える必要はないだろう!」

「あ、そうだね。図書館の人の方がわかるよね」

チナミの指摘に今気づいたというふうのゆきに、苛立ちがさらに大きくなる。


「でも、どうしてあの人、私に聞いたのかな? 図書館の人が忙しいから?」

「そんなの、本など口実でお前が目当てだったからに決まってるだろ!」

「私?」

「学問を学ぶ場所で不埒な真似をしていたあの男も男だが、安易についていくお前もお前だ!
大体お前は普段から……っ」

「チナミくん、声……」

「声がなんだ!」

苛立ち叫ぶと、図書館にいる人間が自分達に注目していることに気がついた。


「……っ、失礼した。ゆき、出るぞ」
「チナミくん?」

慌てて荷物を片して本を借りると、もう一度詫びて図書館を後にした。
少し離れた小さな庭のような場所に行くと、はぁと息を吐く。

「チナミくん?」
あどけなく覗きこむゆきに、チナミは苛立ちを爆発させた。

「図書館とはいえ、人気のない場所に連れ込まれるなど、あまりにも婦女子として軽率だろう!」
「そう、なの? ごめんなさい」
「お前は本当に悪いとわかっているのか?」

チナミの言っていることをきっと半分も理解していないのだろう、ゆきの反応に激昂して、その腕をとる。

「こうして掴まれても振りほどけないぐらい、お前の力などか弱いものだ。ならば常日頃から気を許さずにいることが重要だろう!」

「……か弱くなんかない」

「俺の腕をふりほどけないぐらいの力で、どこがか弱くないというんだ!」

ムッと眉をひそめたゆきに、しかしチナミは気づかずに畳みかけるように怒りをぶつける。

「自分で身を守る術を持っているならいいの?」
「持っているのか?」
「うん」

チナミの言葉に、ゆきは掴まれた腕を上にあげると、勢いをつけて振り下ろす。
不意をつかれたチナミの腕は簡単に離れ、瞬間、脇に痛烈な痛みを感じた。

「…………ッ!」
「今のは腕を掴まれた時の護身術。他にもいくつか、瞬兄に教えてもらった」

瞬とはチナミと同じ彼女の八葉で、ゆきの兄とも呼べる存在。
思いがけない反撃に顔をしかめたチナミに、ゆきは心配そうに覗きこんだ。

「ごめんなさい。チナミくん、痛かったよね?」
「これぐらい大丈夫だ」

自分で言った手前文句を言うわけにもいかず、チナミは傍らのベンチに腰を下ろす。

「……先程は言い過ぎた。すまない」
「ううん。チナミくんは私を心配してくれたんでしょう?」
「……ああ」

思い出しても不愉快な先程の光景。
ゆきに何もなかったからよかったものの、彼女には一度自分の魅力というものを諭す必要があるのかもしれないと思う。


「ゆき。お前が護身術を会得していることはわかった。だが、お前は自分がどれだけ他人の目を引く存在であるのか、もっと意識するべきだ」

「?」

「……っ、だから、お前に声をかけたいと思っている不埒な男はあいつだけではないということだ!」

「だったら、これからはチナミくんの傍にずっといるね」

「…………は?」

「だって、チナミくんの傍にいたらさっきみたいに言ってくれるでしょう?」

「さっきって……」

ゆきの言葉に思い出したのは、先程の男に彼女の恋人だと告げたこと。

「……嬉しかった」
「…………っ」

ほんのりと頬を染めて目をそらすゆきに、それ以上言葉を重ねることも出来ず。
チナミは「わかった」と小さく呟いた。
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