青空の下に洗濯物がたなびく。
その様を満足そうに見上げると、ゆきは家の中を見渡して龍馬の姿を探した、が。
「……いない」
大政奉還前後は忙しなく方々を駆けずり回っていた龍馬も今では腰を落ち着けていたが、こうしてふらり出かけてしまうのは昔から変わらず、ゆきは行先に見当をつけると海岸へ向かって歩き出す。
西南戦争と西郷の死が伝えられたのは先日のことだった。
その報を聞いた龍馬は悔しそうに俯きながら、旧友の死を悼んでいた。
きっと今の龍馬ならここだろうと出向いた先には彼の姿があった。
遠く水平線の向こうを見つめるその瞳には、眼前の景色ではないものが確かに映し出されていて、そっとその背に寄り添う。
「ゆき?」
「……昼餉の時間なので呼びに来たんです。今日は龍馬さんの好きな大学芋ですよ」
「おお! そりゃ楽しみだ」
嬉しそうに笑う顔には憂いは少しも見えなくて、けれども彼の胸の内がそうでないことはわかっていたから、彼の手を取るときゅっと握る。
「……ゆきに隠し事は出来んな。大丈夫だ、ちょっとセンチメンタルになってただけだ」
「西郷さんのことですか?」
「……ああ」
廃刀令が引き金となり、各地で起きた士族による反乱。
そしてそれは、西郷のいる薩摩でも起こってしまった。
「あいつが積極的に戦争を起こしたとは思えん。すれ違いがあったとも聞いた」
「そう、なんですね……」
ゆきも以前会ったことのある西郷は、大きな体躯に見合った大きな心根の持ち主だった。
大政奉還が行われて、明治政府が樹立して、時代は大きく変わっていった。
中央政府に集権させて行われた数々の改革には、少なからず龍馬も関わっていた。
けれども龍馬自身は入閣を希望しなかった。
彼の周りにはあまりにも多くの敵がおり、たとえ大政奉還が成ったとしてもその身の危険は変わりなかった。
十年の間に小松が病で亡くなり、西郷もまた亡くなった。
次々と知己が亡くなる状況に、龍馬が心を痛めぬわけがなかった。
「大丈夫だ。俺にはゆきがいるからな」
一度ぎゅっと抱き寄せると、いつものように笑う龍馬。
それは己の腕に抱えた大切なものを守ろうとする強い意志に見えて、ゆきもふわりと微笑み返す。
ゆきにとっても龍馬の存在は大切で、守りたい家族だから。
「時光が龍馬さんに剣術を教わりたいと言ってました」
「あいつももうそんな年か。しかし、剣はもう不要なんじゃないか?」
「後世にも武術の一つとして伝わってるんです。不要なんかじゃありません」
「……そうか。よし、任せてくれ!」
力強く笑う龍馬に頷くと、指をしっかりと絡めて家路を歩く。
十年の間に時代は大きく動いていったが、変わらない絆がゆきと龍馬にはある。
苦しいことも悲しいこともあるが、それでもゆきは今この世界で生きている。
だからこの命を大切に、大好きな人の隣で生きていこうと心に決めた願いを思い返して龍馬と歩く。
この先も続いていく幸せな未来を紡ぐことを誓って。
20180422