「……龍馬さん?」
「どうした、お嬢」
「身体、熱くありませんか?」
繋いだ手の違和感に龍馬を見上げれば、わかりやすく目をそらす様子に確信する。
「ちょっと失礼します」
「わっ! お嬢、そりゃ大胆……」
「龍馬さん、熱がありますね?」
背伸びして額を合わせると、顔を赤らめる龍馬に反してゆきの眉が歪む。
伝わる熱はほんのりではなく、立っているのも辛いのではないかという高熱だった。
出かける予定を覆すと、龍馬を布団に寝かしつけて水の入った桶と布を用意する。
固く絞って額においてやるとほうっと緩んだ表情に、ゆきは布団の上の手を握る。
「どうして熱があること言ってくれなかったんですか?」
「いや、それほどでもないと思ってな」
「そんなの嘘です。こんなに熱くて辛くないわけないです」
ずっと忙しく動いていた龍馬が、たまの休みだとゆきを連れ出そうとしてくれたが、実はかなり忙しい間を縫って作ってくれた休みだと、先程桶や水を貰いに行った時に両国屋の女将さんから聞いて、気づけなかった自分をゆきは責めていた。
「ごめんなさい……龍馬さんに無理させたのは私のせいですね」
「いや、それは違うぞお嬢」
キュッと目をつむると手を握り返されて彼を見る。
「俺がお嬢と出かけたかったんだ。ずっとまたお嬢を一人にしちまっただろ? その間晋作や帯刀がお嬢を構ってると思うと気が気じゃなくてな。どうしても独り占めしたかった」
思いがけない言葉に瞳を瞬くと、ぽりぽりと頬を掻く仕草に相好を崩す。
それはばつが悪い時や照れた時の龍馬の癖で、ゆきは額の布を替えてやるとやわらかに微笑む。
「私は龍馬さんといられれば両国屋でも海でもどこでも嬉しいんですよ?」
だから無理しないでくださいと続けると、そりゃいかんと龍馬が頑なに拒む。
「お嬢が優しくてもそれに甘えたらただの甲斐性なしになっちまう。そんなの他の八葉や都に知れたら、お嬢を奪われるかもしれん」
「そうでしょうか?」
「ああ。だからお嬢はもう少し我侭になってくれ。それぐらいでちょうど釣り合いが取れるっちゅうもんだ」
龍馬の提案こそいたわりに満ちていて、だからゆきはそれならと龍馬の前髪を撫でる。
「だったら、今日は一日私に看病させてください。そうしたら龍馬さんを独占できるでしょう?」
「お嬢……欲がなさすぎるぞ」
「欲ならあります。私だって龍馬さんを独り占めしたいんです。龍馬さんは人気者だから皆放っておいてくれませんから」
仲間に囲まれ笑う龍馬を見るのは大好きだが、独占したいという欲はもちろんゆきにもあり、ほのかに頬を染めると龍馬が自分の手で目を覆い深々と息を吐く。
「龍馬さん? 苦しいんですか?」
「お嬢が好きすぎて苦しい」
「? 私も龍馬さんが好きです」
噛みあわない返答に龍馬は苦笑すると、握られた手を指を絡めるものに変える。
「じゃあ、お嬢。今日は一日一緒にいようぜ」
「はい」
微笑む龍馬に頷くと、額の布を替えようとして絡んだ指に「これじゃ布を替えられません」と眉を下げるのだった。
10周年企画