眩い世界

忍千8

「ん……」
布団の中で身じろいだかと思うと、すり寄ってきた千尋に苦笑をこぼす。

女王となった千尋の伴侶として、忍人が選ばれたのが半年前。
もともと有力な族の跡取りということもあり、口煩い狭井君にも異を唱えられることもなく、千尋と婚儀を結ぶことができた。
そうして今では、こうして寝室を共にする仲となっていた。

隣りにあるぬくもり。
子供のように忍人にすり寄っている姿はあどけなく、前髪をそっと払ってやると、起こさないように気をつけながら、抱き寄せ目を瞑る。
こうした穏やかな眠りなど忘れていたあの頃。
常世に攻められたあの日から、忍人の終わりのない戦いの日々は始まった。
いつか、中つ国を取り戻し、復興させることが出来る日を夢見て。

そんな忍人の前に現れたのが、王族の生き残りだという千尋。
彼女を大将軍にと岩長姫が推したとき、師君は何を血迷ったのかと、忍人は目を剥いた。
戦いも知らぬ小娘を信用できないのは当然だった。

しかし千尋は、大半が忍人のように信用するに至っていなかったというのに、自分の王族としての使命を意識し、懸命に頑張った。
そしていつの間にか、頑なに心を閉ざしていた忍人の中へと、するりと入り込んでしまっていた。
無理やりこじ開けるのではなく、柔らかく差し込む陽光のように。
彼女は自身の輝きで皆を導き、中つ国のみならず、敵対していた常世も、この豊芦原に生きる全てのものを救ったのだった。

「そんな君が、俺を選んでくれた。俺の存在を……祝してくれた」

寝る前に行われた、ささやかな祝宴。
それは忍人の生誕を祝うものだった。
一時、異世界で暮らしていた千尋は、豊芦原にはない習慣や言葉などを仲間に教えていた。
この個人の生誕を生れ落ちたその日に祝うというのも、彼女のいた世界の習慣だった。

戦いが終わり、それぞれの住まう場所へと帰っていった仲間が、千尋の呼びかけで久しぶりにこの日、一同に会したのである。
宴会好きのサザキが、皆に酌をして回り。
賑やかな場が苦手な那岐は、嫌そうに顔をしかめ。
土蜘蛛の呪い歌を遠夜が歌い。
酔いつぶれた風早を、布都彦が必死に看護し。
底なしの柊とアシュヴィンが、千尋に酒を勧めるのを必死に阻止しながら、天鳥船にいた頃を思い出させる騒々しくも暖かな場に、自然と忍人の口がほころんだ。

『おや? 忍人が笑うなど珍しいことですね。さすがは我が君。鬼将軍と恐れられた忍人をも手なづけてしまわれるとは……』

『どういう意味だ……?』

『お、忍人さんっ! 柊もからかわないでっ!』

『おやおや……我が君はすっかり忍人の味方なのですね』

『今のはどう考えても、お前が悪いだろ?』

『ふふ……可愛い弟弟子ですからね。つい、からかいたくなるのですよ』

『いい迷惑だ』

剣にかけていた手を下した忍人に、千尋がほっと胸を撫で下ろす。

『忍人さん、お誕生日おめでとうございます!』

『ああ、ありがとう』

『忍人さんが生まれてきてくれて、こうして出会い、私の傍にいてくれることがすごく嬉しい。だから、本当にありがとう、忍人さん』

満面の笑顔で、そう告げる千尋に、忍人が口元を手で覆い隠し、俯く。

『忍人さん?』
『君はまた、そういうことを臆面もなく……』
『えっ?』
機嫌を損ねてしまったのかと慌てる千尋に、忍人はふっと微笑みかけた。

『ありがとう。君の言祝ぎは何よりの祝い……最高の贈り物だ』
そっと耳元で囁くと、千尋の顔が真っ赤に染まる。

『お? どうした、姫さん? 酔ったのか? 顔が真っ赤だぜ』
『ち、違うのっ! 何でもないっ!』
サザキの問いに、慌てて首を振る千尋に、忍人は笑みを抑えきれず、肩を震わせていた。

「君を愛している――誰よりも」

あの時の囁きをもう一度言の葉に乗せて、そっと金の髪に口づける。
誰よりも眩くて、愛しい俺の王。
君の隣に永遠にあらんことを誓おう。
ずっと、生涯を共に歩むと、今改めてここに――。
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