不意打ちなキス

那千8

「あれ~?」
冷蔵庫を覗いた千尋は、お目当てのものが見つからず、リビングの那岐を振り返った。

「那岐~、冷蔵庫の中にあった梨知らない?」
「さっき僕が食べたけど」
「え~!?」
ばたんと冷蔵庫を閉める音と、どたどたと廊下をかけてくる音が耳に届く。

「どうして食べちゃったの!? 帰ってきたら食べようと思って楽しみにしてたのに!」
「暑くて喉渇いてたから」

さらりと言ってのける那岐に、千尋がふるふると拳を震わせた。
那岐が食べた梨は最後の一個で、帰ったら食べようと朝冷蔵庫に冷やしていったものなのだ。

「ひどいよ! 那岐のバカっ!」
「なんだよ。嫌なら名前書いとけばいいだろ」
「果物に名前書くわけないでしょ!」
涙目で抗議するも、那岐はどこ吹く風で気に留めない。

「――そんなに食べたかったんなら、こっちおいでよ」
手招きされ、千尋は頬を膨らませながら那岐の傍に座った。

「なに? 新しいの買ってくれる……」
見上げた千尋に落ちる影。
重なった唇から、かすかに甘みが伝わる。

「……甘かった?」
唇を離すとくすっと微笑む那岐に、千尋が頬を染めてわなわなと肩を震わせる。

「な……那岐っ!」
「食べたかったんだろ? だから教えてやったんだよ。どれだけ甘いか」
「だ、だからってこんな……っ」
口を手で覆って全身真っ赤に染まった千尋に、那岐が顔を近づける。

「もっと教えて欲しいの?」
「……っ! いいっ! 那岐のバカっ!!」

ばっと立ち上がると自分の部屋へと駆けていった千尋に、那岐はくっくと肩を揺らせるのだった。
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