「那岐?」
今日の食事当番だった千尋は、夕飯の下準備を終えて居間へと戻った。
那岐はと言えば、待ちくたびれたのか畳の上で眠っていた。
「もう、こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ!」
慌てて寝室に毛布を取りに行くと、そっと那岐へとかけてやる。
それでも身じろぎ一つせず眠る那岐に、千尋はくすっと微笑んで寝顔を覗き込んだ。
(そういえば、那岐の寝顔をこうしてみるのって初めてかも……)
那岐はよく寝ていたが、千尋が近づくとすぐに起きてしまうので、こうしてゆっくり見つめられたことはなかったのである。
「那岐、睫毛長いんだな~」
いつもは小馬鹿にしたような光を宿す翠の瞳も、今は閉じられ長い睫毛が覆いかぶさっていた。
(綺麗な寝顔……)
見入っていた千尋に、突然後ろから手が伸びたかと思うと、身体が反転させられた。
「……なに人の寝込み襲ってんの?」
「な……っそんなことしてないでしょ!」
「ふ~ん……ずいぶん人の顔、じろじろ見てたと思うんだけど?」
「う……っ」
寝ていると思っていた那岐が実は起きていたことに、千尋は頬を膨らませた。
「那岐がこんなところで寝ているから、せっかく毛布持ってきてあげたのに!」
「それ、答えになってないから」
那岐に言い負かされて、千尋が悔しそうに唇を噛む。
そんな千尋の唇をつつ―っと指でなぞると、おもむろに唇を重ねる。
「な、那岐!?」
那岐の思わぬ行動に、千尋が慌てて那岐の下で身じろぐ。
「……嫌なわけ?」
「嫌……ってわけじゃないけど」
まっすぐに見つめられ、つい否定しまうと、ふ~んと呟き再度重ねられる。
「な……な……」
水あげされた魚のように口をパクパクさせる千尋に、那岐はぷっと吹き出すと身を起こす。
「千尋、おかしーの」
「な! おかしいのは那岐の方でしょ!?」
「無防備な千尋が悪い」
「な……っ!!」
納得できないいい様に、千尋が絶句する。
「ただいま。おや、二人で仲がいいですね」
何も知らない風早が、帰宅して居間を覗き込んで言い合う二人の姿に、瞳を和らげる。
「全然良くない!」
「千尋?」
顔を真っ赤に染めて台所へと走って行く千尋に、風早が首を傾げる。
那岐一人だけが、おかしそうに肩をくっくと震わせていた。