独占

那千6

「わ~芦原さん似合う~」
千尋の部屋から聞こえる声に、那岐は眉をひそめた。
昇級して始めはクラスに馴染めるか不安がっていた千尋も、那岐が用意した二ラックマの髪飾りがきっかけとなり、今ではすっかりクラスに馴染んでいた。
今日も一番仲の良い女子が遊びに来ていて、2人で部屋にこもってなにやらしている風であった。

「何騒いでんの?」
「わ、那岐!?」
ノックもせずにドアを開けると、中から千尋の慌てた声。
那岐は中を覗くなり、扉の前で固まってしまった。
そこにいたのは、まるでフランス人形のような衣装を着た千尋。

「那岐くんも似合うと思うでしょ!? 私、芦原さんは絶対似合うと思ったの!」

洋服を作るのが趣味だという八代というクラスメイトは、千尋のモデルぶりに興奮を隠せない。
確かに千尋の金の髪に、フリルをふんだんに使ったそのドレスは良く似合っていた。

「写真撮ってもいい? クラスの男子、きっとみんな釘付けになっちゃうよ!」
八代の言葉に、那岐は眉を寄せて却下する。

「やめなよ。また姫なんてあだ名つくよ?」
「それはちょっと嫌、かな?」
困ったような顔の千尋に、八代は残念そうにカメラをしまう。

1年生の時の文化祭で、普段は結い上げている千尋が髪を下ろした時、男子の目は釘づけになり、以降陰で“姫”と呼ばれていた。
そんな輩にこんな姿の千尋の写真を見せた日には、払いきれないほどの虫がつくのは確実だった。

「あ、もうこんな時間! 長居しちゃってごめんね。ようやく出来上がったから、芦原さんに着て欲しかったんだ」
「ううん。私もこんなドレス初めてだったから、楽しかったよ」
にっこり微笑む千尋に、八代は嬉しそうに笑う。

「だったら、それ風早先生にも見せてみて? きっと喜んでくれると思うよ」

「でも、借りちゃっていいの?」

「うん! 私、作るのが好きなの。だからこんなに着こなしてくれる人がいるなら、すごく嬉しいの!!」

彼女の勢いに押され、千尋がこくんと頷く。
玄関まで見送ると、背中から無愛想な那岐の声。

「いつまでそれ着てるつもり?」

「え? あ、風早に見せてって言ってたから、帰るまでは着とこうかと思うんだけど」

「夕飯の準備はどうするの? 汚しちゃうよ?」

「あ! そうか……って、今日は那岐の番じゃない!」

言いくるめるのに失敗した那岐は、舌打つとおもむろに千尋に近寄る。

「那岐?」
不思議そうに見つめる千尋に、少しかがむと白い首筋に唇を寄せて強く吸う。

「な、何したの!?」
「鏡見てみれば?」
素っ気無い返事に、顔を真っ赤に染めた千尋が慌てて洗面所に駆けていく。
鏡を見ると、首筋に赤い箇所。

「な……っ」
ちょうど帽子のリボンでも隠れない箇所につけられたキスマーク。
これではとても風早には見せられなかった。

「もう! 何でこんなことするの!?」
「別に……夕食当番手伝わせたかっただけ」
「もう!」
悪びれない那岐の態度に、千尋は怒って部屋へ駆け込む。
そんな千尋に、那岐はこっそり笑みを浮かべる。

千尋の可憐なあの姿は、自分だけのものにしておきたかった。
だからわざと目立つところにキスマークをつけて、着替えざるえないようにしたのだ。

「これぐらいの独占はいいだろ?」
くすりと微笑むと、夕飯の準備をすべく台所へと歩いていった。
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