幻の聖夜

那千24

那岐の腕をぎゅっと握っていた千尋は、那岐の声にそっと目を開いた。

「わぁ~! 橿原の家だ~!」
二人がいるのは、那岐が鬼道の力で作った幻の世界。
以前、那岐に連れて来て貰ったことのある千尋が、どうしてもと那岐に頼み込んだのである。

「で? ここで何したいわけ?」
「クリスマスパーティーだよ! 今日はクリスマスイブでしょ?」
千尋の言葉に、今更ながらに今日が12月24日であることに気づく。

「中つ国じゃ料理なんてしようものなら、狭井君に怒られちゃうから」

「それで僕の出番ってわけか……」

「この世界で作ったものも持ち帰れるなら、みんなでやるんだけど、そういうわけにもいかないんでしょ?」

「当然だろ? この世界は幻なんだから」

どんなに本物のようであっても、所詮それは鬼道の力で作り出したものに過ぎず。
この世界で得たものを持ち帰ることは不可能だった。

「だからね? せめて那岐とだけでもクリスマスパーティしたいなぁって思って」
そういって微笑む千尋に、那岐は苦笑しつつも何も言わなかった。

中つ国の女王となった千尋は、毎日政務に追われて過ごしていた。
根が真面目なだけに、必死に良き王であろうとするものだから、ついオーバーワークしてしまい、風早が必死にフォローしていたのである。
そんな千尋のささやかな願いをむげにすることなど、那岐に出来ようはずもなかった。

「出来た~!」
ケーキとにらめっこしていた千尋の喜びの声に、皿を並べていた那岐が振り返った。

「へぇ……形になってるじゃん」
「もぅ……那岐は本当に可愛くないんだから」
「男が可愛かったらおかしいだろ?」
「そういうことじゃないってわかってるでしょ」
頬を膨らませる千尋に、那岐が肩をすくめる。

「本当に不思議だよね」
乾杯して、自ら作った料理を食べながらの千尋の呟き。

「何が?」
「だって、ちゃんと噛む感触だってあるのに、これが幻なんて」
「骨折り損のくたびれもうけ?」
「そういったら身も蓋もないじゃない」
「なら、深くは考えないんだね」
あっさりとした那岐の態度に、千尋が苦笑しながら頷く。

「もう少し長くいられれば、マフラー編んだりとかも出来たのになぁ」
「今ならちょっと欲しいかも」

今までは千尋が作っても、ちくちくするなど文句を言いながら、渋々使っていた那岐。
しかし、暖房などない豊葦原に戻ってからは、あまりにも快適な生活に慣れすぎていたため、寒さが身にしみていたのである。

「……なんか引っかかる言い方よね」
「千尋が悪くとるからだろ」
「……そうかな」
多少納得がいかなかったが、喧嘩をしに来たわけではないので、千尋が素直に引く。

「こんなに小さかったんだね」
「そりゃ王宮に比べたらね」
懐かしそうに家を見渡すと、千尋は感慨深げに目を細めた。

「ずっと、那岐と風早が守ってくれてたんだよね」

幼い頃の記憶を失っていた千尋は、この世界で過ごしていた時は、極普通の女子高生だった。
だがなぜか時折、この世界にもやってきていた荒魂を、風早と那岐が交代で振り払っていたのだ。

「ありがとう、那岐。ずっと私の傍にいてくれて、守ってくれて」
じっとまっすぐに見つめる空色の瞳に、那岐が照れくさそうに視線を外す。

「ま、一応唯一の女だったからね」
「また、すぐそういう言い方するんだから」

ぶっきらぼうな言い方は、那岐が照れているのだと、共に過ごした時間で知っている千尋は、軽く頬を膨らませてみせつつも微笑んだ。

「本当にありがとう、那岐」

縛られるのを嫌がり、ずっと王宮の外で一人暮らしていた那岐。
しかし、千尋がオーバーワークで寝込んでからは、王宮で過ごすようになっていた。
始めは渋った狭井君も、那岐が王家に連なる者だと分かると、掌を返したように歓迎しだした。

「ま、たまにはこうして息抜きしてもいいんじゃない? でないと、またぶっ倒れて風早に怒られるよ」
「那岐にもね」
千尋の返答に、那岐が眉をしかめ顔をそらす。

いつも共にあった存在が、女王という立場に縛られいられなくなってしまったことを、千尋はずっと気に病んでいた。
だからこそ、一日も早くより良い国を作り、身分差などという嫌な慣習を退け、誰でも自由に行き来が出来るようにしようと、千尋は頑張っていた。
それでも、国が一朝一夕でよくなるはずもなく。
女王に就任して程なく、千尋は過労で倒れたのだった。

「風早や那岐が傍にいてくれたら、私もっと頑張れると思うの」
「だから、そうやって無理すると……」
「うん。だから傍でちゃんと見張っててね?」

一瞬目を見開いた那岐だったが、ふっと苦笑を浮かべ顔を和らげた。

「わかったよ。でも、面倒ごとはごめんだからね」
「ふふ、わかってるよ」
那岐らしい返答に、千尋はくすくすと肩を揺らすと、幻のご馳走を楽しんだ。
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