真っ白な君に振り回されて

那千23

“王が病に伏せられた”
朝から流れ始めた噂をサザキから聞き、那岐は橿原宮に駆けつけた。
しかし狭井君の身分制はしっかり浸透していて中に入ることはかなわず、那岐は舌打ちしつつ日が落ちるのをイライラしながら待った。

夕日が沈み、すっかり辺りが薄暗くなった頃、サザキから借りた黒の衣をまとい、闇にまぎれて千尋の部屋を目指す。
部屋の目の前に衛兵がいないことを確認すると、那岐は素早く中へ身を滑らせた。

「那岐?」
聞き馴染みのある声に、那岐が緊張を解く。

「……千尋はどうなの?」
「風邪をひいて少し熱が出たんです」
風早の返答を聞きながら寝台に歩み寄ると、頬を上気させた千尋と目があった。

「那岐……来てくれたんだ」
「千尋は要領悪すぎるんだよ。倒れるまでそんなに無理するなって言ったろ?」

朝からずっと心配させられたので、つい口調がきつくなる。
しゅんとする千尋の額に触れると、通常よりわずかに高い体温が掌に伝わってきた。

「遠夜の薬を飲んだし食欲もあるので、明日には回復すると思いますよ」

「……そう」

「俺は片づけをしてくるので、しばらく千尋の傍についていてもらえますか?」

風早の言葉に視線だけで返事を返すと、退室する背中を見送る。
部屋に残された那岐は、額の布を水に浸して冷たいのに替えてやると、寝台の傍の椅子に腰掛けた。

「手……」
「なに?」
「那岐の手……冷たくて気持ちいい……」
「低血圧だからね」
「少し触ってて。落ち着くの……」
頬に触れると、千尋がほっとした表情で瞳を閉じる。

「少し寝れば?」
「朝からずっと寝てるから目冴えちゃった……。それより那岐とお話したいな」
千尋の可愛いおねだりに、那岐は苦笑する。

「何が聞きたいの?」
「那岐の事……会えない間、那岐が何してたか知りたい……」
「何って……」

那岐がやっていることはと言えば、ほとんどが森で寝てるか、時たま鬼道に使う草を集めているぐらいのもので、そのままを千尋に伝えると、「那岐らしい」と微笑まれる。

「ごめんね……」
「何が?」
「那岐と一緒にいられるように頑張るって言ったのに、まだ叶えられてなくて……」
悲しげに目を伏せた千尋に、ため息をつく。

「そんなの、すぐに変えられるわけないだろ? それに僕は王宮は堅苦しくて苦手だから、今のままでもいいんだよ」

「だめ! 那岐は私の家族なんだから……だからずっと一緒じゃなきゃだめなの!」

千尋の思いがけず強い主張に、那岐は瞳を丸くすると、ふっと微笑む。

「わかったよ。でも、そのために無理したら行かないって前にも言っただろ?
改革なんてそう簡単に出来るわけないんだから、千尋が僕に会いたくなったらこうして忍びこんでやるから、頑張りすぎるなよ」

「……呼んだら本当に来てくれる?」

「あぁ」

那岐の返事に、千尋が安堵の笑みを浮かべる。

「でもせっかく那岐が来てくれたのに、これじゃなんにも出来ないね」

「じゃあ、熱を下げるの手伝おうか?」

「え? そんな方法あるの?」

那岐はにやっと笑うと、着ている上衣を脱ぎ捨てる。
そうして布団にもぐりこむ那岐に、千尋が慌てて彼を見る。

「な、那岐?」
「人肌で熱を吸うと下がるんだよ。ほら、千尋も脱いで」
「う、うん」
言われるままに服を脱ぐと、那岐に抱き寄せられる。

「千尋、熱いね」
「熱あるから」
「……なんかドキドキしてない?」
「だ、だって……っ」

揶揄する言葉に、千尋が顔を赤らめる。 確かに昔は一緒にお風呂にも入っていたが、こうして肌を密着させるようなことはなかったのだ。

「期待してるなら応えてあげるよ」

千尋の返事を聞く前に、唇を重ねる。
数秒重ねて離れると、またすぐに重ねる。
それを何度か繰り返し、千尋の頭が真っ白になったところで、今度は首を軽く吸う。

「……ん」
小さくこぼれた甘い声に、背筋がぞくりと震える。
半日何も手がつかないほどにずっと心配させられた憂さを晴らすために仕掛けた悪戯なのに、那岐の方が煽られてしまう。

「千尋……嫌じゃないの?」
「え……?」
「その……僕にこういうことされて、さ」

自分からしておきながら、何だか気恥ずかしくなって、つい千尋の気持ちを確認してしまう。
そんな那岐に、千尋は一瞬目を白黒させると、ふわっとマシュマロのような甘い笑みを浮かべた。

「嫌じゃないよ。那岐のこと、大好きだから」

千尋の言葉の意味を、那岐は眉を寄せて考える。 共に橿原の町で過ごしていた自分に対して、千尋は家族の情を持っているのは確かだった。
だが、今この状況で“大好き”と言うのは、男としてなのか、家族としてなのか。

「僕への大好きは、風早への大好きと同じ?」
「う~ん……同じ、かな?」
千尋の言葉にがくりと肩を落とす。
やっぱりと納得してしまう自分が悔しい。

「……あのさ~。こういうこと、簡単にするなよ」
「こういうことって?」
「男を一緒の布団にいれることだよ」
「那岐は熱を下げてくれようとしたんでしょ?」
情欲からは程遠い、清らかな笑顔で言われ、那岐は脱力してしまう。

「……千尋はやっぱり無防備すぎ」
「なんで?」
呆れたような、深い落胆のため息をつく那岐に、千尋が頬を膨らませる。

「誰にでもじゃないもん! 那岐だからだよ!」

またも聞きようによっては告白のような言葉に、頭痛すら覚える。
愛しい少女とこれ以上はないぐらいに肌を寄せていると言うのに、全く男として意識されていない虚しさ。
それでも自分にだけ許される特権だと思うと嬉しくもある。

「ま、いっか……。僕が教えてやればいいだけだし」
「え? 何て言ったの?」
那岐の呟きに見上げた千尋の額に口づけて、頭をそっと撫でる。

「千尋はちょっと寝な。起きた頃には熱も下がってるはずだから」
「うん」
頷いて素直に胸に擦り寄る千尋に、那岐は苦笑する。

異世界で共に過ごしてきた少女はあまりにも無垢で、踏み荒らすことがためらわれるほど純粋。
それゆえに那岐ばかりがヤキモキさせられるのだが、半分諦めの気持ちがすっかり板についてしまった。
それでも。

いつか千尋が自分を家族ではなく、男としてみてくれるなら。
面倒ごとが嫌いな自分が、千尋を振り向かせる努力なら惜しまないことを自覚しながら、腕の中の愛しい温もりに那岐も目を閉じた。
Index Menu ←Back Next→