名前の付けられない感情

那千2

*改定前の9月15日が敬老の日だったことから書いたお話です

「那岐くんってかっこいいよね~!」
「うん!」
黄色い声で騒ぐ女子に、男子が面白くなさそうに顔をしかめた。

「なんだよ。那岐の誕生日、『けいろうの日』だぜ?」

「じいちゃんの日だよな~」

「何よ! 『けいろうの日』と誕生日が一緒だからって関係ないでしょ!」

「じいちゃんばあちゃんの日!」

連呼する男子に、女子が頬を膨らませて抗議する。
そんな騒動の中、問題の中心人物である那岐は何事もないかのように横切ると、帰り支度を始めた。

「那岐。お前、じいちゃんの日が誕生日なんだってな?」
「……それがなに?」
嫌な笑いを浮かべる男子に、那岐は興味なさそうに視線だけむけた。

「バカな男子なんかほっといていいよ! 那岐くん、誕生日おめでとう! 一日早いけど、明日はお休みだから……はい」
男子の群れを押しやって我先にとプレゼントを渡す女子に、那岐はうんざりした顔でそっぽを向いた。

「いらない」
「え?」
「いらないって言ったんだよ」

呆然とする女子に、那岐は背を向け拒絶する。
一瞬にして静まり返った教室に、千尋は那岐の元へ近寄るとその腕を掴んだ。

「那岐……ちょっと来てっ!」
「なんだよ」
「いいから!」

面倒そうに立ち上がった那岐を、千尋が無理やり教室の外へと連れ出す。
あいていた視聴覚室へと引っ張ってきた千尋は、中に入るや那岐を叱りだした。

「あんなこと言っちゃダメだよ!」

「あんなことって?」

「せっかく那岐の誕生日にって、プレゼントくれてるんだよ?」

「いらないものはいらないんだから仕方ないだろ」

「那岐っ!」

つーんとそっぽを向く那岐に、千尋は両手で顔を包んでぐいっと自分に向き直らせた。

「なにすんだよ!」
「みんな、那岐のことが好きだからお祝いしてくれてるんだよ!? いらないなんていっちゃダメ!」

へんに律儀というか、情を大切にする千尋には那岐の態度は許せないらしい。
しかし那岐にしてみれば、大切な人を不幸にしてしまった自分の『生誕』を祝う気などなれず、正確な日にちも不明な『誕生日』など祝われても
ちっとも嬉しいものではなかった。

「僕の誕生日なんだから、千尋には関係ないだろ?」
「家族なんだから言ってるんだよ!」

『関係ない』という言葉に、千尋の顔が悲しげに歪む。
千尋を悲しませたいわけじゃないのに。
誕生日などというありがたくない行事への憤りに、那岐はそっと拳を握ると、背を向けドアへと歩き出した。

「那岐?」
「帰るんだよ」
慌てる千尋に、はぁっと大きく息を吐いて言葉を続ける。

「……受け取ればいいんだろ?とにかく教室に戻るよ」
「うん!」
那岐が受け入れたことに、千尋はぱあっと顔を輝かせた。
教室に戻った二人に、ざわめいていたクラスが再び沈黙する。

「あの……」
机に戻ってきた那岐に、一人の女子が戸惑いながらプレゼントを差し出した。

「……ありがとう」
受け取り不承不承で礼を述べると、驚きの後一斉に女子がプレゼントを渡し始めた。
その様子をバツが悪そうに見守っていた男子に、那岐は目の前を通りすぎながらちらりと一瞥した。

「敬老の日はお前たちの祖父母を敬う日だろ? 『じいちゃんの日』なんて言うぐらいなら、感謝の言葉でも送れば?」

言葉面しか理解してないであろう男子に痛烈な言葉を投げつけると、那岐は教室を後にした。


「那岐!」
後を追ってきた千尋に、那岐はそうとはわからない程度に歩く速度を緩めた。

「今日は私が当番だから、那岐の好きなもの作ってあげるね!」
「スパゲッティはやめてよね」
「えぇ? 那岐、スパゲッティ嫌いだっけ?」
「別に」

レパートリーが少ないのと、本人の好物であることもあり、千尋の食事当番の時は2回に1回はパスタだった。

「じゃあ、何を食べたい?」
「菊以外」
「綺麗だし、美味しいのに」
肉よりは野菜類が好きな那岐だが、食用菊は苦手だった。

「じゃあ、キノコご飯にキノコ汁、キノコ炒めにキノコケーキ!」
「キノコケーキってなんだよ」
生クリームの上にどっさりとキノコが飾られているのを想像し、那岐は顔をしかめた。

「スポンジをキノコの形に切って、チョコクリームを塗って、キノコの山をい~っぱい飾るんだよ」

にこにこと楽しげに話す千尋に、那岐は壮絶に甘そうなケーキにため息をつく。
そんな那岐の手を取ると、千尋はにっこりと微笑んだ。

「那岐! 誕生日おめでとう!! 来年も再来年も、ずっとおめでとうを言うね!」

祝福されても本当はちっとも嬉しくなかった誕生日。
それなのに、千尋の祝福は心地良く感じられて。
その違いに戸惑いながら、那岐は千尋に手を引かれ家路を歩いた。
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