その髪に触れられるのは

那千14

バサバサッという羽音に、那岐は顔をしかめてテラスを見た。

「何しに来たんだ」
「か~っ! それが久しぶりに会った仲間に対する第一声かよ!?」
騒々しい珍客に顔をしかめた那岐に、サザキはブツブツと文句を言いながら羽をたたんだ。

「そんなことより姫さんが見合いするって本当か?」
「千尋が?」
サザキの言葉に那岐がわずかに眉をあげる。

「確かに今、王家に連なる遠縁って奴が来てるけど、見合いなんて聞いてない」

「だ~っ! そいつが見合い相手なんだよ! なんでも王家の権力を強めようと、狭井君が目論んだらしいぜ」

狭井君の名に、今度ははっきりと眉をしかめる。
先代の女王の頃より仕え、何よりも政を重視する狭井君が、王家の血をより深いものにして権力を確固たるものにしようと考えるのは合点がいくからだ。

「……サザキはその話、誰から聞いたんだ?」
「宮に仕える女官たちの噂話を小耳に挟んだって奴からだ」
『噂話』というのが引っかかるが、出所が宮仕えの女官というなら多少は信憑性もあった。

「姫さん、まさか政略結婚とかさせられねーよな!?」
「さあね」

曖昧な返事を返しながら、胸の内では肯定する。
王族は何よりも国のことを優先せねばならず、政略結婚はある意味当然だった。

「とりあえずこの件は千尋に確認してみるから、他に話を広めるなよ?」
釘を指す那岐に、サザキが不満そうに口を尖らせる。

「か~っ! 知らせてやったって言うのに、なんだその言い様はっ」
「はいはい」

愚痴を募るサザキを適当にあやして、那岐は部屋を出た。
真っ先に向かったのは、第一従者である風早の元。

「おや、那岐。俺に用事なんて珍しいですね。どうしたんですか?」
常に笑顔を絶やさない、胸の内の読めない元同居人に、那岐は無愛想に問う。

「千尋が見合いするって本当なの?」
「誰に聞いたんですか?」
「サザキ」
質問に質問で返す風早に、那岐はわずかに苛立つ。

「で? 千尋の見合い話の真偽は?」
「そうですね……そろそろ会談も終わる頃だし、本人に聞いてみたらどうですか?」

のらりくらりと返答を避ける風早に、那岐は舌打ちしたい気持ちを堪えて部屋を出た。

「千尋、入るよ」
「那岐? どうしたの?」
ノックもそこそこに部屋へと入ってきた那岐に、千尋は小首を傾げて那岐を見た。

「何かあったの?」
「さっきまで何してた?」
「さっきまでって……遠い親戚だって言う人に会ってたけど」
千尋の返答は自分が事前に知りえた通りのもの。
だが――。

「そいつと何話してた?」
「何って、国のこと……かな?」
先程の会話を思い返す仕草をする千尋に、那岐は自分に舌打つ。

(どうして僕はこんな尋問のようなことをしてるんだ?)

率直に聞けばいいものを、遠まわしな言い方をした自分に無性に腹が立った。

「那岐? どうしたの? 何か変だよ?」

那岐の様子が普段と違うことを目敏く気づいた千尋は、心配そうに椅子から腰を上げた。
そうして労わるように差し伸べられた千尋の手を、那岐は頬の手前で掴んだ。

「那岐?」

手を掴んだまま黙り込む那岐を、千尋が不安げに見つめる。
と、突然その手を引かれ、千尋は那岐に抱きとめられた。

「那岐?」
「――見合いだったの?」
「え?」

耳元での問いに、千尋は驚き那岐を振り返ろうとした。
しかし強く抱き寄せられ、那岐の顔を仰ぎ見ることは出来なかった。

「見合い……って?」
「噂話をサザキが聞いたらしい。狭井君が仕組んだって」

那岐の言葉に、先程の親戚だという男とのやり取りを思い出す。 確かに始めは挨拶だったのだが、段々と国のことになり、しまいにはより王家の血を深いものに……などと言っていたのだ。

「あれってお見合いだったんだ」
「千尋は聞いてなかったの?」
「うん。ただ王家の遠い血筋の人が挨拶に来るって……」

相変わらずの狭井君のやり口に、那岐の顔が険しくなる。
千尋の意思はお構いなしで、国のためだけに仕組んだことだったのだろう。

「あ、でもね?」
「なに?」
「心に決めた人がいるのかって聞かれたから、うんって答えたの」
「……は?」
千尋の言葉に、那岐が腕を緩め千尋を見る。

「――そういうことですよ」
軽いノックと共に部屋へと入ってきた風早を、千尋と那岐は揃って振り返った。

「風早?」
「那岐がはっきり意思表示しないので煽ってみました」
風早の言葉に、那岐は思いっきり顔をしかめた。

「つまり?」
「千尋の結婚相手は那岐ということです」

仏頂面の那岐と、にこにこと笑いながらお茶の用意をする風早に、千尋はおろおろと二人を見た。

「新しい王がついたら、今度は有力な伴侶をと周りが言い出しましてね。でも千尋の心は決まっているので、この際那岐に名乗り出てもらうことにしたんです」

「それでこんな芝居をしたってわけ?」

「はっきりしない那岐が悪いんですよ? それにこのままではそう遠くなく本当の見合い話が出たでしょうからね」

悪びれずに話す風早に、那岐は不機嫌オーラを全開にそっぽを向いた。
確かに縛られるのが嫌で、千尋の結婚相手として名乗り出なかったのは那岐だった。

「あとは二人でゆっくりと話し合ってください。では」
お茶の用意を整えると、風早はにっこり微笑み部屋を後にした。
取り残された二人には、気まずい沈黙。

「えっと……とりあえず飲まない?」

せっかく風早が入れてくれたんだし……と、那岐を接客用のテーブルに促す。
頬杖をついて視線を合わさない那岐に、千尋は困ったように覗き見た。

「……那岐は私と結婚するの、いや?」
不安そうに問われ、那岐は瞳を丸くした。

「確かに私は王だから、王の伴侶となると今まで以上に忙しくなっちゃうかもしれないから、那岐は面倒だよね」

言いながら次第にしゅんと気落ちする千尋に、那岐は大きく息を吐くと髪をかきむしった。

「いやなわけないだろ」
呆れたふうな那岐の声に、千尋は俯いた顔を上げる。

「仕組まれたことと、こんなことをさせた自分にちょっと頭にきてただけだよ」

「那岐?」

「千尋がこの国の王だってことも分かってるし、それでも離せないって思ったのは僕だ。だから、王の伴侶が嫌だなんて思ってない」

確かに面倒だとは思っていたのだが。
それでも千尋を他の男に渡すことなど考えてはいなかった。

「じゃあ、私と結婚してくれる?」
「……普通男が言うんじゃない?」
「だって那岐、言ってくれないんだもん」
顔を赤らめながら頬を膨らませる千尋に、那岐が苦笑する。

「ごめん。千尋、僕と結婚してくれる?」
思いがけないプロポーズに、千尋が言葉を失う。

「返事はないの?」
「えっ!? あのっ……えっと……っ」

慌てる千尋に、立ち上がるとテーブル越しに口づける。
触れたぬくもりに落ち着きを取り戻した千尋は、がばっと那岐の首にしがみついた。

「うん……っ那岐、好きだよ。ずっと一緒にいてね」
「ちょっ……危ないよ! お茶こぼれるって!!」

照れ隠しに話題をそらす那岐に、千尋はくすくすと微笑むと、もう一度耳元で囁いた。

「那岐、大好きだよ」
Index Menu ←Back Next→