戦いが進む中で、千尋の周りを取り囲む男たちが増えていく様に、那岐は顔をしかめた。
一人、また一人と増えていく仲間が、次々と千尋に惹かれていく。
それは那岐をひどく焦燥させた。
「那岐? どうしたの?」
ふいにかけられた声に、那岐は傍らに立つ千尋を見あげた。
「何か考え事でもしていたの?」
「……別に」
思案していた内容を千尋に言えるはずもなくて、那岐は曖昧に返事を返す。
ここは天鳥船の堅庭のとある一角。
普段那岐が昼寝に使っているところで、イライラした思いを鎮めようと、一人やってきたのである。
そこに、いつものように千尋が探しにきたのだった。
「こんなところで油を売ってていいの?」
「今軍議が終わったところだから大丈夫」
事あるごとに小言を漏らす忍人のことを言外に伝えると、千尋が笑顔で隣に座る。
「この船もいっぱいになってきたね~」
最初は三人だった仲間が、今では一軍を担うほどに増えていた。
「お姫様を守る騎士が大勢いていいんじゃない?」
嘲るような言葉に、千尋は目を瞬かせて首をふる。
「みんなが集まっているのは、中つ国を取り戻すためじゃない」
「どうだかね」
それは全体の目的であって、個々の想いはまた別ものだった。
元同居人であり、亡き中つ国の王族である千尋。
旗頭に掲げられた彼女のもとに集まってきた者は、その人柄に多かれ少なかれ惹かれていた。
そう、中にははっきりと恋情を抱いているものもいた。
「気づいてないのは本人ぐらいだよね」
「なに?」
ため息交じりの那岐の呟きに、千尋がきょとんと首を傾げる。
今まで誰よりも千尋の近くにいたのは、那岐と風早だった。
それが変わろうとしていることに、那岐は焦燥していた。
「――ねぇ? 千尋ってキスしたことある?」
那岐の突然の問いに、千尋がぼんっと顔を真っ赤に染める。
「急に何を聞くのよっ!」
「ないの?」
「そ、そういう那岐はどうなのよ……っ?」
詰め寄られて焦る千尋に、那岐がくすりと微笑んだ。
「キス、しようか?」
「え?」
突然のことに訳がわからず、瞳を瞬く千尋に、那岐はそっと傾げると唇を重ねた。
ふわりと鼻腔をくすぐる甘い香り。
触れた唇の柔らかな感触。
「――どうだった?」
唇を離して問うと、千尋の真っ赤に染まった顔が目に入る。
「そ、そんなのわからないよ……っ!」
「ファーストキスの感想、ないの?」
「~~~~~~~っ」
那岐の言葉に、千尋が一層全身を染める。
その姿に満足すると、那岐はすっと身を起こした。
「な、那岐っ?」
「別のところで昼寝する」
ひらひらと手を振り去っていく那岐に、その場に取り残された千尋はわけがわからず口を押さえる。
「わけわかんない……っ!」
那岐の突然の行動を理解できなくて、千尋は真っ赤に染まった頬で先程の出来事を思い返す。
唇に触れた、他人のぬくもり。
那岐の唇は女の人のように滑らかで、とても柔らかかった。
「……那岐はどうなのよ?」
千尋は当然、キスの経験などありようもなかったが、那岐はどうなのだろう?
そんな疑問が浮かびあがって、千尋は一人悩むのだった。