「なにやってるの?」
廊下に出るや、漂ってきた甘い香りに、那岐は眉をしかめながらキッチンを陣取る千尋の背中越しに手元を覗き込んだ。
「え? 那岐?」
驚き振り返った千尋に、覗き込んだ那岐は納得した。
千尋が作っているもの――それはバレンタインのチョコレート。
明日の2月14日に向けて、毎年恒例の手作りチョコを用意していたのだ。
「バレンタインのチョコね」
「見ちゃダメ! 当日までのお楽しみなんだから!」
「お楽しみも何も、冷蔵庫占領してたらばれないわけないじゃん」
「蓋しておくもん! ぜっったい見ちゃダメだからね!?」
「はいはい」
必死になってチョコを隠す千尋に、那岐は軽く肩をすくめて身を翻した。
テーブルの上にあるのは2つの箱。
1つは那岐の分、そしてもう1つは風早の分だろう。
千尋は中学生になった頃から、毎年同居人である彼らにチョコを贈るようになった。
大きさも中身も同じそれらを。
そのことに不満を感じるようになったのは、いつからだろう?
自分たち以外に贈る男がいないことに安堵しながら、いつまでたっても風早と同列でしかないことへの不満。
「ほんと無自覚って罪だよね」
深いため息をついて部屋へと戻っていく。
明日渡されるであろう、今年も同じチョコに複雑な想いを抱えて。
* *
「はい!」
満面の笑顔で差し出された箱を、風早は嬉しそうに微笑み受け取った。
ついで受け取った那岐は、面倒くさいという顔を作っていた。
「いつもありがとう、千尋。早速頂いてもいいですか?」
「うん!」
「上手に出来ていますね。おや? これは初めてですね」
「うん。今年はファンダンショコラも作ってみたんだ。とは言っても、セットになっているのを、それどおりに混ぜ合わせただけなんだけどね」
照れくさそうに微笑む千尋に、那岐は風早の手元にあるフォンダンショコラを見た。
「では、温めて頂きましょうか」
「じゃあ、私は珈琲を入れるね。那岐は?」
「僕はいい。今日はもう寝るから」
「那岐は食べないの?」
「夜食べると太るよ? 風早の分だけにしておいた方が、千尋のためだと思うけど」
「余計なお世話!」
べえっと舌を出し頬を膨らませた千尋に、軽く手を振ると、那岐は自室へと戻っていた。
部屋に戻った那岐は、机の上に置いたチョコを見てため息をついた。
お返しが面倒だと、他の女子からは受け取らない那岐が、唯一チョコを受け取る相手――それが千尋だった。
「なのに、ちっとも気づいてないんだもんね」
受け取るのも、お返しを渡すのも千尋一人だというのに、その意味するところを千尋は全く気づいていなかった。
リボンに手をかけほどくと、自分でやったとわかる少しよれた包装を解いて中身を出す。
そうして中身を見た那岐は、驚きに目を見開いた。
トリュフにフォンダンショコラ。
風早と同じそれらの他に、一つだけ入っていたのはハートのチョコだった。
先程見た風早のチョコを思い出すが、ハートは入っていなかった。
高鳴る鼓動に、不意に頬が熱をはらむ。
もしかしたら、風早のは下の方に入っていたのかもしれない。
そう冷静に思う心と裏腹に、しかし早まる動悸は抑え切れなかった。
「本当に……無自覚って罪だよね」
振り回されている自分に僅かばかりの悔しさを感じながら、那岐は一番上にのっていたハートのチョコをつまんで口にした。
これが偶然ではないことを願って。