愛しく儚いもの

風千9

「風早、那岐、早くっ!」
白い息を吐きながら手招く千尋に、風早がにこやかに、那岐がだるそうに続く。

「……眠い。なんでまだ夜も明けないうちに……」
「今年こそは新年の朝日を拝むんだって、そう言ったでしょ!」
それは昨年の暮れ、毎年寝坊する那岐のために見損なっていた初日の出を、今年こそは見るのだと宣言した千尋の言葉だった。

「日の出なんていつ見たって変わらないじゃないか」

「いつの日の出も見てないでしょ、那岐は」

「まぁ、まぁ、せっかく新しい年を迎えたんですから、新年早々喧嘩はよしましょう?」

「うん、そうだね」

とりなす風早に素直に頷いて、千尋は朝日が昇る方角を見た。

まだ、辺りは闇に包まれ、光の気配はない。
そのあまりにも静寂とした空気に耐えられなかった千尋は、傍らの風早にそっと腕を絡めた。
そんな千尋を、風早は愛しげに見つめると、幼子をあやすようにそっと優しく髪を撫でる。

「千尋の髪も大分伸びましたね」
「小学校の時に切ってから、ずっと伸ばしてたから」
普段は結い上げている髪も、夜であるのと寒さから珍しく下ろしていた。

「風早は長い方が好き?」
「そうですね。千尋の髪を結うのは、俺の役目でしたから」

大きくなり、自分で結えるようになったことから、風早が千尋の髪を結うことはなくなっていたのだが、やはり名残惜しさは感じていた。 今の千尋は、記憶に封じられた遠い昔の彼女を思い起こさせるから。

「―――あっ!」
千尋の声に、風早と那岐が同じ方向に視線を向ける。
闇に包まれていた空が少しずつ明るくなり、そして――。

「わ……ぁ……っ」
瞳を輝かせた千尋の金色の髪が、朝日を浴びてキラキラと光り輝く。
それはとても美しい光景で、風早は朝日に目もくれず、陽を受け輝く神子を見つめていた。

「すごく綺麗だったね! 風早、那岐」
「はい。そうですね」
「……見てなかったくせに」
那岐のぼそりとした呟きに、風早が苦笑すると、改めて二人に向き直った。

「今年もよろしくお願いしますね。那岐、千尋」
「よろしくお願いします、風早!」

元気よく返す千尋に、あくびをかみ殺す那岐。
そんな二人を見つめながら、風早は今年もこの穏やかな日々を繰り返せたら……と切に願う。
それは叶わぬことだと、すでに何度目かの歴史を繰り返してきた風早には分かっていたが。
それでも、どうかこの愛し子たちが幸福でありますように――と、そう願わずにはいられなかった。
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